「小説を読む時間があるなら専門書を一冊でも多く読め。そういう世界に生きてきました」
日進月歩の自動車業界で内外の競争にさらされながら、ゆるぎない論理と最新技術を追い求めるエンジニアたちを描いた受賞作「テクノロジカル・ポリス」。これまでなかなか純文学としては描かれなかった独特の世界に自身も身を浸し、小説とは縁遠い生活を送ってきた佐藤さんが、この作品を書こうと思ったのはなぜなのでしょうか。
「あるプロジェクトが一段落して深夜まで働く毎日に区切りがついたとき、書店で『コンビニ人間』の文庫本を手に取りました。社会に対する疑問をこんなふうに表現することができるのか、こういうことが自分にもできたら面白いなと思ったのがきっかけです。ちょうど誕生日を迎えて何か新しいことをしたいと考えていたタイミングでもありました。
エンジニアは、いや社会人はきっとみんなそうだと思うのですが、働き始めて20年ぐらい経つと、たとえ本気で打ち込んでいる仕事であっても、ちょっとずつエンジンオイルが煤で黒くなるように『本当にこれでいいのか』という澱のような疑問が溜まっていくんですよね」
ながらく読むこともしてこなかった小説を、一体どのようにして書いていかれたのでしょうか。
「最初はカギかっこの中の会話文の最後には句点を打つべきなのか、改行はどのタイミングでするのか、そんなこともわからず、見様見真似で書き始めました。エンジニアが技術的なことを言葉で説明する、あるいは文章を書く機会はけっこうあるんです。でも、技術者の文章は複雑さを無くすために同じ単語を使い続けるのが基本で、そこにバリエーションを出していく小説とは真逆です。なので、文章として未熟だなとずっと思いながら書き続けていますし、変な文章にならないように色々な作品を読むようになりました。一方で、仕事で鍛錬してきた戦略の立て方、つまり上司や取引先を説得するためのストーリーを組み立てる力は多少役立った気もします。最初は書きたいことの固まりでぐちゃぐちゃだった代物を、設計図を描くようにして構成していく。平坦な構成をどうしたら特色づけられるか考え、書き直していきました」
作中、動物園で象を見ながら「あの大きな耳は邪魔だな」などと生き物を機械として見てしまうシーンがあります。そんなユーモラスでブラックな「職業病」も描写されますが、一方で彼らは常に真面目すぎるほどに論理を追究し、時に技術者がもつべき倫理を顧みながら、絶えず最新の技術革新のために歩み続けます。エンジニアの世界とはどういうもので、なにを一番描きたかったのでしょうか。
「僕自身も若いころから本当に最近まで、真面目すぎるぐらいにやってきたと思います。自分が携わったものが、製品になり世の中に出て実際にみんなに使われ、社会に役立つんだというモチベーションが20代のころからあって、その感覚がスッと通っていたんです。それが最近は、AIをはじめ便利すぎるものがたくさん出てきましたよね。それでもエンジニアは、便利は幸せだという方程式を信じきって動いているところがあるけど、本当にそうなんだろうか、と。自分がやっていることが本当にいいことなのか、人を幸せにしているのか、その大元をちょっと整理したいなという気持ちもありました。
作中に出てくる技術者倫理についての本も、僕が若いころに読みました。そのころ、大局も目の前の細かな設計もすべてバシバシ判断して決めていく先輩を見ていて、すごいなと思いながら、どうやってああいう判断ができているのか全然想像ができませんでした。自分にはどちらがいいのか判断できない。なにか判断の指針になるものはないかなと考えた時、やはりもう大元は技術者倫理なんですよ。
この主人公は技術者として上に行けるのか行けないのか、という微妙なところにいますが、『上に行けないかもしれないがそもそも自分は出世に興味がない』というような言い訳じみたスタンスを見せる場面もあります。じゃあ、そんな中途半端なスタンスでもエンジニアを続けているのは何のためなのか。それを突き詰めて考えていったとき、自分の人生をこうしたいからだ、というのがエンジニアならではの形で浮かび上がってきたように思います」
次はどんな作品を書かれるのでしょうか。
「フィジカルAIについての小説は既に書いているのですが、やはりその辺りの技術の発展スピードはちょっと異常なので……でも、ずっと興味のある技術と人間のことを書いていくのだろうと思っています」
すばる2026年11月号より
聞き手・構成/編集部 撮影/隼田大輔
