【書評】夏休みに親切な国を作ろう
海猫沢めろん
七年前。日本に新しく生まれた、とある独立国家の一員として働いたことがある。
震災後の十二月だった。友人のアーティスト、坂口恭平が熊本に新政府を立ち上げたというので遊びに行ったのである。
彼は震災や原発事故に対する現政府の対応や姿勢がまったく信用できず、新しい国を自分で作ってしまった。古い一軒家を借りてそこを「ゼロセンター」と名付け新政府の総理官邸として、全国から被災者を受け入れた。さらに、フリースクールのようなことを行い、不登校の子供と遊んでいるという。
震災直後はかなり忙しかったようだが、訪ねた時期には、もう避難している人はだれもいなかった。遊びにいった翌日、彼がいろいろ教えているという不登校の小学生がやってきたのだが、「ちょうどいいのでめろんさんは、いまから文部大臣で」と私は急遽大臣にされ、なんとなく適当なことを小学生と話したような気がする。
その後、坂口君と小学生は、それぞれ自分のオリジナル国旗を作り、家の隣に流れる川にゴムボートを浮かべ、そこに旗を立てると下流のほうへ流れていった。風になびく新政府の旗が見えなくなったあと、私はひとり帰路についた。
さて、そんな体験をした私なので、今回とりあげる本のテーマが「新しい国作り」だということを知って、俄然興味を持ってすぐに読んだ。
主人公はちょっとかわった全寮制の学校に通う小学生、ランちゃん。仲間たちと考えた夏休みのプロジェクトは実際に「くに」をつくることだった。そんな簡単に国がつくれるのだろうか? 彼らが調べた、国に関しての決まりごと──モンテヴィデオ条約はこういうものだった。
1・そこに住人がいること。
2・そこに場所があること。
3・そこに政府があること。
4・他の「くに」と関係をむすぶ能力があること。
一見すると簡単そうだが、彼らは「くに」について調べるなかで、さまざまな疑問に直面する。憲法、外交、戦争、政治、歴史……やがて、思わぬ人々と出会うことによって、「くに」づくりプロジェクトはスケールの大きなものになっていく。
新書の体裁だが、これはれっきとした小説である(著者が以前出した『ぼくらの民主主義なんだぜ』を併読すると、この小説を支える思想が見えて面白い)。
児童文学のような趣があるが、一貫して「くに」とそれを支える、民主主義などの「理念」に光を当ててイチから考え直すことを試みている。もちろん、読者の内には現代日本の状況が影となって現れるだろうが、それは副産物にすぎない。あくまでこの本においては、「子どもたちの夏休みプロジェクト」が描かれる。
私が最も面白いと思った部分は、国をつくっていく過程で重要になってくるもののひとつ「憲法」を巡る章である。
ランちゃんの家には、家庭の決まり事である「憲法」が存在する。なぜ家にそのような決まり事があるのか? 家をつくり、その憲法をつくったお父さんが言う。
〝にんげんは変わる。変わってゆく。それは仕方のないことだ。そして、ずっと昔、なにがあったのかを忘れてしまう。その、たいせつななにかを覚えておくために、最初に約束をするのだよ〟
そして、守るべきはその根底に流れる「精神」なのだと告げる。
最初に「愛」や「大好き」という気持ちで作られた家族だとしても、時間がたってしまえば、それを忘れてしまう。
これは誰にでも思い当たる話だ。だからこそ書き記しておかなくてはならない。しかし……最初の気持ちを書いておけば、それで解決する問題なのだろうか?
否。ここでランちゃんの父は、愛よりも重要かも知れない愛以前の感情を重視する。
それが何なのかは、本書を読んでもらいたい。
家族と国は似ている。
前者は共同体としては最小、後者は最大のもので、両方とも、自分の意思とは無関係に、生まれたときからそこに自分が組み込まれてしまう。
その器の外へでるのは容易ではないが、新しい器へと移動することは、実は簡単なのではないか?
以前、坂口君の新政府を見ていて思ったのはそういうことだったが、ここでもやはり同じことを考えた。
最後に少し──タイトルにも入っているフレーズ「愛することに決めた」という言葉についてだが、これは不可能性をはらんでいる。
なぜなら、「愛する」ことは決められないからである。
愛は努力で達成するものだと説いたエーリッヒ・フロムには怒られそうだが、私は「愛」というのは決めたり教えたりするものではないと信じている。
持たぬものは一生持たないし、持っている人は最初から持っている。あとから獲得できることはあるけれど、決して自分で決めたから愛する、というようなことはありえない。それは単なる自己洗脳だ。
それでも決めた、と書き記すならば、このタイトルこそが主人公たちのつくった最初の法律なのだろう。
いまや、人は国を自然に愛することができない。最初からそうだったのかも知れないし、時代のせいかも知れない。
読後、カート・ヴォネガットが言った「愛は負けるが親切は勝つ」という言葉を思い出した。ペシミストだった彼がなぜ「親切」を信じたのか、本書を読んでその理由がわかった気がした。