リーチ先生

リーチ先生

著者:原田マハ

好いものは好い。
そう感じる私たち日本人の心には、きっと“リーチ先生”がいる。
日本を愛し日本に愛されたイギリス人陶芸家の美と友情に満ち溢れた生涯を描く感動のアート小説。
第36回新田次郎文学賞受賞作

1954年、大分の小鹿田を訪れたイギリス人陶芸家バーナード・リーチと出会った高市は、亡父・亀乃介がかつて彼に師事していたと知る。──時は遡り1909年、芸術に憧れる亀乃介は、日本の美を学ぼうと来日した青年リーチの助手になる。柳宗悦、濱田庄司ら若き芸術家と熱い友情を交わし、才能を開花させるリーチ。東洋と西洋の架け橋となったその生涯を、陶工父子の視点から描く感動のアート小説。

ISBN:978-4-08-745885-5

定価:1,188円(10%消費税)

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【書評】師とは、父とは

青木千恵

 バーナード・リーチ、柳宗悦、濱田庄司、河井寛次郎、富本憲吉、武者小路実篤、志賀直哉──。有名な芸術家が続々登場して、胸躍る物語だ。ただし、プロローグにはこんな言葉が記されている。〈「有名」だからいい、というわけじゃない。むしろ「無名」であることに誇りを持ちなさい〉〈誰それという芸術家が創った、だからいいものなんだ、という考え方は、民藝運動では通りません〉
 イギリス人の陶芸家、バーナード・リーチの生涯を描いた長編小説だ。一九〇九(明治四十二)年、高村光雲邸で書生をしていた沖亀乃介は、日本の文化を学びに来日した二十二歳のリーチと出会う。以降、亀乃介の目を通し、リーチと芸術家たちの交流が描かれていく。植民地・香港で生まれたリーチは、幼少期を過ごした東洋の国々に憧れを抱き、東洋と西洋の芸術の融合を志す。
 プロローグは一九五四年、大分県の小鹿田で焼き物を学ぶ高市が、一年前に死んだ父・亀乃介が、かつてリーチの助手だったと知る場面で始まる。亀乃介がやがてリーチと別れ、九州で死ぬと冒頭で分かるので、そうなるまでのいきさつが知りたくて、物語に引き込まれる。異なる時空を結んで読者をつかみ、謎を保ちながら進む語りが、著者は本当に巧い。
 柳宗悦らとの邂逅が描かれ、白樺派や民藝運動の意味にも迫る。プロローグで、リーチは「偉い先生」として現われる。だが彼も無名の若者だったのだ。〈「白樺」は、個性をもった若き芸術家たちの集合体だ。「烏合の衆」になってしまうのではなく、それぞれが違った色をもち、けれど調和がとれているのが、いちばんなのだ〉。まさに森である。高さも樹齢も違う木があって、多様な動植物がいた方が森は豊かで、調和しているのだから。また、私生児として生まれた亀乃介が、リーチを慕って成長する姿もいい。父と子、師と弟子の物語でもある。
〈耳で聞くこと。頭で理解しようとしないこと。……誰かと会話を成立させたいと、強く願うこと〉。読みやすいエンタメ小説だが、アメリカの大統領選でリベラルが敗れた今、示唆に富むところも多いと思う。百年前の知識人は純粋で、私利私欲ではなかった。昔がよかったというわけではなく、改めて知っておきたい生き方や思想が物語の中にあるのだ。
 たとえば河井寛次郎についてこう記されている。〈有名になればなるほど、彼は無名を重んじるようになった〉。芸術や芸術家の人生を通して捉えたものを伝える、著者の物語はあたたかい。