【書評】思想家・信仰者のたましいに深く下りていく
最相葉月
一九九〇年、須賀敦子が第一作『ミラノ 霧の風景』を発表したとき、「ほとんど一撃を以て読書界を圧倒した」と現代ギリシア詩の翻訳で知られる中井久夫が書いている(『時のしずく』)。それまではギンズブルグなどイタリア文学の翻訳者として、また、川端康成や谷崎潤一郎など日本文学のイタリア語訳者として、知る人ぞ知る存在だった。生前に出版された自著は五作。六十九歳で亡くなるまでわずか八年間の作家生活だった。
これが何を意味するかといえば、著作だけ読んでも、須賀がどんな思想をもち、どんな人生を生きた人かはわからないということだ。没後に編まれたエッセイ集や近しい人々による回想記はあるものの、読むほどに、何か決定的なことをつかみきれていないという気にさせられる作家だった。
『霧の彼方 須賀敦子』はその空隙を埋めるだけでなく、これまでの須賀敦子像に大幅な修正と語り直しを求める評伝ではないか。
理由は二つ。まず著者は須賀の五作をエッセイとは呼ばない。近代日本文学に新たな地平をひらく「新しい意味と可能性を蔵した私小説」と位置づけ、須賀が虚構によって「事実を真実の経験に昇華する」手法を発見し、作家となるまでの精神の軌跡をたどっていく。
また、翻訳がたんにイタリア文学の紹介ではなく、はじめからある目的に照準が定められていたことも今回明らかになった。須賀は大学院時代にパリに留学し、イタリアへ行き、帰国して再びイタリアに渡る。二度目の渡欧までの三年間はこれまで顧みられなかったが、著者はカトリック信徒の共同体の機関誌に寄稿された文章をひもとき、この時期に「彼女の内面で文筆家の才能がたくましく芽吹き、キリスト教思想家と文学者、そして信仰者の境涯が一つになりはじめた」ことを浮きぼりにした。
初めて寄稿した訳文「病者の使徒職」は、病気になって自分の役割と生きる意味を実感した原著者P・シャルルが神に捧げる手紙として書いたもので、須賀に「弱き者、悲嘆を生きる者の存在を通じて、世に光がもたらされる」地平があるという気づきを与え、信仰者としての原点になった文章だという。
もっとも注目したいのは、須賀がトマス・マートンの日本最初期の翻訳者だったことだ。マートンは諸宗教との対話を実践したトラピスト会の司祭で、現代のカトリック教会を方向付ける第二バチカン公会議の思想を準備した、二十世紀宗教界の「霊性の巨人」である。
須賀がパリにいた一九五〇年代は、三〇年代に始まった、聖と俗の垣根を取り払おうとする「あたらしい神学」を社会的な運動に進展させた哲学者エマニュエル・ムーニエの思想が、カトリック学生のあいだに熱病のように広がっていた。ムーニエが提唱する人格主義は、「人格/ペルソナ」を有していることにおいて万人は平等と説く。真の普遍(カトリック)を目指す思想を目の当たりにした須賀は、日本のカトリック界の思想的貧困に気づき、翻訳で貢献したいと願ったのである。
これらの原典を掲載していたのが、ミラノのコルシア書店が発行する冊子だった。書店の創設者で詩人のダヴィデ神父や須賀の夫となるペッピーノら「カトリック左派」と呼ばれる人々を知るためにも、この時期の翻訳を見落とすことはできない。キリスト教がわからなければ須賀の文学がわからないわけではないが、須賀が果たした思想的役割を見ずに作品だけ論じても、「根を離れた切り花のような何かを瞥見することになりかねない」とは、なんと辛辣な批評だろう。
代表作といわれる『コルシア書店の仲間たち』もたんなる回想録ではない。伝統にとらわれ、社会の進展に背を向けてきた教会を「生きている時間」に合わせるために対話を重ね、突破口を開いた「霊的修道士たちの物語」だと著者はみる。昨年、来日した教皇フランシスコが宗教各派はじめ多様な人々と交流する姿が報じられたが、「普遍」を目指して闘った人々の祈りによって実現した光景だと思うと感慨深い。書店を切り盛りしていたペッピーノと須賀は、まさに改革の当事者だった。
著者は二人の絆を丁寧に描く。鉄道員の貧しい家に生まれた夫とその家族をめぐる物語は、夫との別れが突然であるだけに切ない。二人が愛したユダヤ系の詩人ウンベルト・サバの人生に、キリスト教とユダヤ教で神のはたらきを意味する言葉「風(プネウマ)」を重ねながら須賀の悲しみに深く下りていくくだりは、同じキリスト者で詩人である著者でなければ表現できない彼方の世界だろう。
川端康成との出会いも須賀に重要な示唆を与える。亡き夫の話になり、「あのことも聞いておいてほしかった、このこともいっておきたかったと、そんなふうにばかりいまも思って」という須賀に川端はいった。「それが小説なんだ。そこから小説がはじまるんです」。
川端の言葉は時間をかけて醸成され、須賀は、「自分の悲しみを深化させることしか他とつながる道はなく、他とのつながりによってしか自分の悲しみは深化しない」と気づく。帰国後は貧困者を支えるエマウス運動に没頭するが、須賀にとって、それはごく自然で当たり前の行動だったのだと思えた。
著者はこれまで、霊性、すなわち「宗派的差異の彼方で超越者を希求すること」(『霊性の哲学』)を主題に、生と死を真正面から問うた鈴木大拙や吉満義彦ら、多くの哲学者や思想家を論じてきた。本書でも霊性は鍵語で、そこには現代の宗教や文学や哲学が人々の悩み苦しみに十分答えられていないという著者の切実な思いが見てとれる。夫の急逝によって神の沈黙という「霊魂の闇」に向き合った須賀が、どのように悲しみと向き合い、どんな言葉を杖に再び歩き始めたのか。須賀の生涯に生きる手がかりと希望を見出す読者は多いだろう。
かつて私は著者の『イエス伝』を読み、福音書は異教徒のためにも書かれたという視点に目を開かれ、聖書の森に分け入ろうと決意した。今回もまた、新たな扉の鍵を開けてもらった気がしている。