あまりにも独特な文章で、最初は少し入りにくいかもしれない。しかしチューニングが合って波に乗れると、たちまち惹き込まれる。この文体に驚かない選考委員はいなかった。言語の地平を切り拓くとも評された。主人公は不登校になりかけの高校二年生の翠。桜の舞う日、小学校時代にバッテリーを組んでいたピッチャーの春と再会し、ある怪しいビジネスに加担することに……。描かれているのは死と青春の文学だ。
 作者は一九九五年生まれ。この物語はどんなふうに生まれたのだろう。
「実はこれは続編なんです。一作目は高校生の静が主人公で、学校のシステムになじめない静と彼を気にかけるやんちゃなまどかとの友情の始まりも描きました。きょうだいの春はまだ小さくて暴れまわっているだけ。この続きが書きたくなって」
 どんな子どもだった? 本は好きでしたか?
「落ち着きがなくて、春みたいなところもあったかも。家には難しいドストエフスキーの全集みたいなのしかなくて、唯一読めたのが水木しげる。でも小学校の図書館には山本有三さんが寄贈した本がたくさんあって恵まれていたと思う。父は紙芝居を自分の膝の上に広げ、後ろの文章は見ないで、勝手に話を作って聴かせてくれるような人でした」
 どうして小説を書きたいと思うようになったのだろう。
「中学生になると外に何かを表現しないと爆発しそうになって、でも、できなくて。代わりに音楽聴いたり小説読んだり映画を観たりしてすごしていました、学校行かないで(笑)。高校時代にアメリカンニューシネマが好きになって、映画を作ってみたいと思い、進学先に映画大学を選びました。そこで、関川夏央さんと出会った。自分も含め不真面目で授業に出てこないやつがいっぱいいたから、気がついたら講師の関川さんとマンツーマンの授業のことが何度もあって。関川さんは『自分の死亡記事を書いてみて』『自分が新聞記者で取材した体で家族の誰かについてフィクションで書いてみて』など想像力が動き回るきっかけっぽいキーワードだけ渡してくれて、書いたらめちゃくちゃ誉めてくれて――もう図に乗るしかないですよね。関川さんに薦められて須賀敦子さんを読んだら心に少女が舞い降りた。昔のことを振り返っているのに、どうしてこんなに瑞々しく書けるんだろうって」
 個性的な文体はどんなふうにして出来上がった?
「川上未映子さんの『乳と卵』、町田康さんの『くっすん大黒』を読んで、小説ってこんなに自由でいいんだって思って書いた。寝起きがすごく悪いんで、現世にチューニングするために朝起きるとすぐ、瞑想と速音読をしています。速音読で小説を読むと、あ、この人音で書いている、とか、頭で書いているとか一瞬でわかる、声の出しづらさなどで。そのこともあるかな」
 作中ではウィードがモチーフの一つになっていて、問題作とも言われているが……。
「恋愛が絡まない男女の友情を描きたいというのが最初にあった。男女関係なく、そもそも仲直りとか、仲良くなるってとても難しいと思う。自分を一枚殻で覆っているような十代の子たちがそうするためには、リアリティのあるフックが必要だった。映画などで見たウィードはそのフック候補のひとつでした。モチーフを探すために、〈サイバー・ヒッピー〉というクルーを取材したことがあります。今回の小説に出てくるような一軒家で、十五、六人が一緒に住んでいる。当初は令和版ヒッピーのような感じかなと思ったけど、映画制作をしていたり、祭を主催したり、同人誌を作っていたり……享楽的ではなく、孤独を埋め、強く生きるための集団。このクルーからインスピレーションをたくさんもらいました」
 仕事は肉体労働で厳しいと聞いたが、執筆時間はどんなふうに作っている?
「一般ごみを集めています。午後三時には終わるから、それから小説を書く。今回賞をもらって『小説家の先生になるんだね』と言われたりするけれど、それは違うと思う。人は生きていると絶対ごみを作る。ごみばっか出す。何もしてないやつも何かしてるやつも。片付ける人がいないとみんなごみ屋敷に住むことになる。朝出して帰ってきたら無くなっているのは魔法じゃない、集める人がいるから。ばかにされることはあっても感謝されないのに毎日飽きもせずごみを拾っているウチは、賞をもらう前からずっとえらいんです。だから小説くらい好きに書かせてくれという気持ちが正直あった。ウチには小説という逃げ場があるけれど、これを本業でやっている人はまじすごい。どんな仕事もえらい、の頂点にある仕事」
 これからどんな小説を書いていきたい?
「自分の読みたいもの。フリージャズみたいにしか書けないから、自分の中にあるものを出すしかない。『みどりいせき』の場合、この一・五倍は書きました。それから削って削って。一か月で書いて、二か月間ひたすら削ってた。小説家じゃなくて彫刻家だなと思いながら。書きたいものはつきないです」

2023年11月号から
聞き手・構成/編集部
撮影/中野義樹