すばる最新号  >  インタビュー:サーシャ・フィリペンコ「誇り高き抗議──ベラルーシ民主化の当事者より」

インタビュー

サーシャ・フィリペンコ

誇り高き抗議

──ベラルーシ民主化の当事者より

インタビューにあたって

 ベラルーシ社会は長年、政治的抑圧のなかにあった。西と東の狭間で「ヨーロッパ最後の独裁者」とも呼ばれたルカシェンコは、一九九四年に大統領に就任して以来、二十六年の統治を続けてきた。ルカシェンコの強権政治や選挙の不正はこれまでにも問題になったことがあったが、今回ほど大規模な抗議運動に発展したのは史上初だ。ルカシェンコは、自分以外の立候補者をことごとく拘束するなどして排除したが、そのうちの一人が自らの配偶者チハノフスカヤを候補者として申請した。チハノフスカヤは「公正な選挙のためだけに」出馬し、自分が当選したら半年以内に公正な選挙をやり直し自らは退くと公約した。その公約が国民の大半の支持を得た。事前のネット調査ではルカシェンコの支持率はわずか三パーセント前後まで落ちていた。二〇二〇年八月九日の選挙後、中央選挙管理委員会はルカシェンコの得票率が八割に達したと発表したが、これは到底信じ難い結果だった。チハノフスカヤは一旦政府に拘束され、その後、隣のリトアニアに出国を余儀なくされた。しかし事前に不正がおこなわれるのを予期した市民らは、さまざまな形で対策を練っていた。「チハノフスカヤに入れる人は選挙用紙を通常の二つ折りや四つ折りではなく、蛇腹に折って入れよう」と決めた地区では、透明な投票箱が蛇腹に折った投票用紙でいっぱいになっている様子が写真に収められた。選挙から時間が経つごとに、不正があったことを記録する会話の録音や証言などが次々とあがり、ルカシェンコとチハノフスカヤの得票率はほぼ真逆であったともみられている。
 人々はこの不正に対し、平和的デモで抗議した。だが街にあふれた人々に、政府は警察や特殊部隊を導入し、爆音、銃撃、暴力を用いて数千人以上の一般市民を逮捕、投獄し、多くの負傷者を出した。拘束中に長時間にわたる暴力を受けた証言が多くあり、死亡した例も確認されている。なおも広まる一方のデモやストには世界から注目が集まり、八月末にはベラルーシの平和デモを象徴する「花を持った女性」のイラストが英ガーディアン・ウィークリー誌の表紙を飾った。

 サーシャ・フィリペンコは一九八四年ミンスク生まれのロシア語作家だ。「ソ連最後の子供たち」世代の代表として、ベラルーシ民主化を主題とした『Бывший сын(かつての息子)』(二〇一四、邦題『理不尽ゲーム』[二〇二一年三月二六日発売])でデビュー。この小説は、ベラルーシの多くの人々が生まれた国を離れる決断をし、そのまま戻らない——皆がベラルーシの「かつての子供」になってしまう現状をふまえ、その背景を描いた小説である。フィリペンコは続く『Замыслы(構想)』(二〇一四)で文芸誌〈旗〉の年間最優秀賞を受賞し、『Красный крест(赤い十字)』(二〇一七)などの作品で注目を集め、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチからも、「デビュー時から真剣な作品を書き続ける希有な作家」と賞賛された。現在、『Красный крест(仮邦題「赤い十字」、集英社より刊行予定)』(ミンスクを舞台に、若者とアルツハイマー病を患う老婦人が語り合い、互いの過去を交わすなかで、第二次世界大戦期のソ連と国際赤十字の知られざる交信の歴史が浮かび上がる小説で、現在の状況と重なる二〇〇〇年代初頭のミンスクにおけるデモも描かれる)の日本での刊行準備が進んでいる。自身も長らく民主化運動に加わってきたフィリペンコ氏に、八月二十日、今回のことについてお話を伺った。

人権を求めて

──八月九日の大統領選挙の前後からベラルーシに世界中の注目が集まっていますが、今ベラルーシでは何が起きていて、それをどんな言葉で表すべきでしょうか。
 正確に表現する言葉を見つけるのは難しいですね。でも最も重要なのは、これが人権を求める運動だということです。選挙の不正がきっかけで、二十六年間の圧政にこれまでひたすら耐えてきた人々が、もはや耐えることに疲れ果て、すべての人に与えられるべき権利を求めて街に出ました。ルカシェンコ政権は、特定の人や集団によって転覆されようとしているのではありません。ただ人々が、誰にでも最低限あるべき人権をR]奪されまいとしているだけなのです。人間の基本的権利を踏みにじり続けた古い体制に、終わりのときがきたのです。

平和的デモに対する無差別な弾圧

──大統領選から二週間弱が経過しましたが、世界的にみてもまだまだ情報が錯綜しています。それは得票数や拘束された市民の数といった情報の正確さ・不正確さだけでなく、マスメディアによる情報伝達言語の問題でもあります。例えばニュースで「反体制派が抗議デモをおこなっている」という言い方がなされることもありましたが、それについてどうお考えですか。
 それはたいへん悲しいことです。そのような表現は間違っています。現在、ベラルーシ国民の九十パーセント以上は現政権を認めていません。歴史上、こんなことは一度もありませんでした。反体制派というと「一部の人」という印象を与えてしまいますが、正確には逆に、現政権を支持するのが「ごく一部の人」です。それは主に、警察組織や特殊部隊に残り、人々を拘束したり拷問したりしている人々です。幸い今はドローン等による撮影が可能で、いかに多くの人々がデモに参加しているかを空撮した動画を、ニュースやYouTubeで見ることができます。この小さなベラルーシで、ミンスクでは数十万人、他にもグロドノ、ホメリ、ブレストといった都市から、人口数千人の小さな村の住民まで、信じられないほど多くの人が街に出ました。人数だけでなく、これまでできるだけ政治に関わりたくないと思っていた層の人々──たとえばIT関連の仕事をして充分な給料をもらい、現政権の不正に目を瞑りさえすれば何不自由なく暮らしていけた人々までもが、抗議の声をあげています。ただ悲しいことに現代はフェイク画像や動画も簡単に作れるので、遠い異国にいる人に対して、デモの規模や平和性について疑わせたり、混乱させたりするような動画も出回っています。しかし、今ベラルーシにいる人々の目には、現実を疑う余地はありません。デモの平和性についてもそうですが、権力側の暴力についてもそうです。僕たちは、平和行進をする人々に音響弾が投げつけられ、拘束され、拷問され、殺されるのを目の当たりにしています。二〇二〇年にこのようなことが起きてはなりません。行方不明者は現在すでに八十名近く、拘束された人は数千人以上います。どこに投獄されているのか、いつ釈放されるのか、再会はできるのか、何もわからず不安な日々を過ごしている家族も多くいます。デモどころか、ただ外に出ただけで無差別に捕らえられたり、暴行を受けたりした人もたくさんいます。現在ルカシェンコを支持するということは、この無差別な暴力や逮捕や投獄や拷問をすべて肯定することになりますが、少しでも人間性が残っていれば、そんなことは恥ずかしくてできるわけがありません。権力側は人々が何かしたから捕らえているのではなく、権力の終わりを感じて怖くなり、なりふり構わず市民に襲いかかるようになってしまったのです。

ルカシェンコ失墜の背景

──以前は実際にルカシェンコを支持していた人々もいたと思うのですが、彼らさえルカシェンコを見放したことには、どのような理由や背景があるのでしょうか。
 いくつかの理由があります。これまでの選挙でも、今回ほど酷くないにしろ選挙の不正はありましたが、大抵、身近に数人はルカシェンコに投票する人がいました。例えば若い人なら、自分は投票しないけど祖父が投票しているとか、親戚に支持者がいるとか。ところが、新型コロナウィルス感染症の拡大に対するルカシェンコの対応があまりに酷く、「ベラルーシにコロナはない」等、適当なことを言って、人々を守ろうとしませんでした。発言内容の奇抜さが取り沙汰されることもありますが、重要なのは、コロナで命の危険に晒される可能性の高い高齢者こそが、ルカシェンコの支持層だったということです。ルカシェンコを親のように慕っていた高齢者たちが、権力に見捨てられたと感じたのです。もはや一般の人でルカシェンコを支持する層は残っていません。政府関係者が、おそらくは脅されて現体制擁護のデモをやっていますが、彼らとて仕方なくやらされているだけです。もうひとつは、ルカシェンコを問題視できる新世代の若者が育ってきたことです。その世代についてよくわかるのが、テレグラム〔ニュースや動画を中心としたSNS〕の「NEXTA」で、ヨーロッパ全体でみても最も登録者数の多いチャンネルに育ちました。ベラルーシ国営放送は以前からずっとプロパガンダ放送を続けてきましたが、もはや若い世代は国営放送など見ずに、インターネットから情報を得ます。インターネットにはフェイク動画等もありますが、少なくとも複数の情報を見て、考え、自ら結論を出すことができます。僕の祖母は八十代ですが、やはりテレビは見ずにインターネットで情報収集をしています。
 ルカシェンコはあまりにも現実を無視し、孤立しすぎました。国営テレビは平気で国に都合のいいデマを流し、ルカシェンコはこの二十六年間を通して一度も、他の候補者とテレビ討論すらしようとせず、ただ投獄するなり追放するなりして排除すればいいと考えていたのです。ジャーナリストも幾人も殺されました。
 そういったすべてのことによって、多くの人が確信したのです──ルカシェンコの統治によって脅かされるのは、反体制運動の現場や牢屋にいる人々だけではない、自分の家の中にいても、人々は抑圧され、拘束されているのだと。
 これまで、人々は耐えることに慣れてしまっていました。それでルカシェンコは、今回もまたベラルーシの人々は不正に目を瞑るはずだ、自分は君臨し続けるはずだと思っていました。それどころか数週間前までは、あと二十年もすれば自分の息子に権力の座を譲れると信じていたのです。でも幸い、もはやそんなことは決して起きないでしょう。

イメージと現実

──他国からベラルーシを訪れた観光客の中には「〝独裁国家〟と聞いていたが、人々は平和に楽しそうに生活していて、独裁国家という印象を受けなかった」と主張する人もいます。そのイメージについてどう思いますか。
 まず、見知らぬ土地で数日や数週間を過ごした感覚を、過信してはいけません。それに、それこそがイメージ戦略なのです。同じようなことを主張する人は国内にもいたし、だからこそルカシェンコを支持する人もいました。僕もミンスクは大好きで、ここの人々が好きだし、この街に帰ってくると、水を得た魚のような気分になります。でも──日本の人々が「独裁国家」をどんな風に想像しているのかはわかりませんが──例えばジャーナリズムに携わろうとすれば、すぐに障壁に突きあたります。ジャーナリズムに限らず、誰でも、何かの拍子に政府に対立するようなことに関われば──言い換えるなら、政府に都合のいい、それこそ「イメージ」を、少しでも傷つけようものなら、これまでにも政府はすぐに牙をむいてきました。「イメージ」はその犠牲の裏に作られてきたのです。その政府がもはや個人や団体ではなく、全国民に対して存在を誇示してきたのが今回の出来事です。
 今、例えば子供のいる夫婦は、二人一緒には外に出られません。犬の散歩でも買い物でも、必ずどちらか片方が行きます。一人が街で特殊部隊に拘束され連れ去られても、もう一人が子供の面倒を見られるようにです。外ではなるべく他の人と一緒に行動します。一人でいると、連れ去られたときに目撃者がいない可能性があるからです。そういう恐怖を一般市民に連日連夜与え続けているのが現政府です。もっともこの「政府」は、もはや政府ですらなく、ルカシェンコは大統領ではありません。選挙結果を捏造し、警察や軍隊や特殊部隊の暴力を用いて権力の座にしがみつく、単なる犯罪者です。

ロシアの軍事介入の可能性

──これから起こりうる最悪のシナリオはロシアの軍事介入だと言われていますが、実際にそのような危険性はあるでしょうか。またその他で今、懸念されていることはありますか。
 歴史的に考えると充分にあり得ます。ロシアは常に領土のことばかりを考え、そのせいで数多くの紛争地帯を生み出してきました。オセチア然り、モルドバ然り、ウクライナ然りです。とりわけ、近隣の国がヨーロッパ圏に入りそうになったりするような場合には、すぐにでも介入を始めます。ただ、もしロシアが、これまでずっと兄弟と呼んできたベラルーシにまで手を出すとしたら──それに近い事態はウクライナで起こったわけですが、もしそんなことになれば本当に最悪です。ベラルーシが国をあげてロシアと戦う展開は考えにくく、そうであれば、チェチェンやアフガニスタンやベトナムのような、混沌とした紛争に発展します。そのような紛争にむろん勝者はなく、長期にわたる憎しみと対立が生まれるだけですが、その場合、総合的に見てロシアが失うものが多すぎます。本来ならロシアはベラルーシの民主化を喜ぶべきです。実際、ロシアの文化人や一般の多くの人からは、応援のメッセージをたくさんもらっています。ただ、ベラルーシ国内にはロシア軍のキャンプもあり、ロシアの武力の存在は今回のことに限らず、かねてから身近にある恐怖でした。そういう意味では軍事介入の危険は常にあります。でも、僕はそうならないことを強く望んでいます。
 現段階でまず何より先に考え、求めなければならないのは、不法に捕らえられ、拷問を受けているすべての人々を即座に釈放することです。心配なのは彼らの行方です。ベラルーシ政府はこれまで、新型コロナウィルスによる死者数をかなり低く見積もっていましたが、選挙後の今になって急に、感染の被害を強調しはじめました。これは極めて不自然です。例えば、現在拘束され拷問を受けて入院した人が亡くなった場合に、政府はそれを新型コロナウィルスのせいにする等の可能性もあります。ベラルーシの政府はその類のことを、いとも簡単にやるのです。

今、私たちにできること

──私たちはベラルーシから遠く離れた場所に住んでいて、日本には、ベラルーシで何が起こっているのかよくわからないという人もいます。日本や他の国にいる人々に、今できることはあるのでしょうか。
 まずはとにかく、今ベラルーシ全土で起きているデモが、平和的な、誇り高い抗議だということを、信じてほしいのです。デモというとすぐに「暴動に発展するんじゃないか」とか、「何となく怖い」とか言いだす人がいます。けれども僕たちはそれを充分に理解し、毎日、手に花を持ち、ハートマークを作り、微笑みを絶やさず、ユーモア溢れる垂れ幕を掲げて歩いています。街にはゴミひとつ落ちていないし、ベンチの上に立つときは靴を脱いであがります。扇動する人もいない、人々の自発的な意思による、独裁に対する抗議です。僕が小説を書く理由も、これまで小説を書きながら、最も願っていたのもそのことです──愛は、暴力という怪物に勝る力を持っているのです。
 EUはルカシェンコに対する制裁措置をとるといいます。しかしルカシェンコは、ここ数十年ひっきりなしに制裁を受けてきましたが、本人はけろりとしていて、さっぱり効く様子がありません。EUへの入国制限にしても、ルカシェンコは平気で西欧へ療養旅行に出かけています。大統領として西欧に行けないだけで、私的な療養なら問題なく行けるのです。なぜそんなことがまかり通るのか理解に苦しみますが、制裁はルカシェンコ当人に対して特に意味があるようには見えません。
 でもだからこそ、西欧の人にも日本の人にも、ただ、僕たちが今どういう状況にいて、どんな恐怖に晒されながら生きているのかを知り、想像してほしいのです。どこか遠い国で奇妙な革命が起こっているというような認識ではなく、毎日、街中どこにいても警察と特殊部隊に囲まれて、恐怖のなかで生きながら、それでも人々が、あらゆる人間に必要不可欠なはずの人権を求めて決してあきらめない、その平和で、勇敢で、誇り高い抗議運動を知って、理解してくれたら——それが僕たちにとって、いちばんの支えになります。

小説に書かれた過去と現在

──その理解のためにも、ベラルーシの人々の歴史や現状をより詳しく、身近に知ることはとても大事だと思うのですが、フィリペンコさんの『理不尽ゲーム』の主題はまさにベラルーシの民主化を求めるもので、今年に入って再び注目が高まっていますね。
 そうですね。この小説は、作者にとっては幸運なことに、発表して以来ずっと反響を呼び続けています。今回の選挙に向けてロシアやウクライナの有名な俳優、作家、アナウンサーたち〔ロックグループDDTリーダーのユーリー・シェフチューク、歌手アンドレイ・マカレーヴィチ、ジャーナリストのレオニード・パルフョーノフら〕が、僕たちを応援するために、この小説を順番に朗読してYouTubeにアップする活動を展開してくれました。それ自体は作家冥利につきますが、この本を読んだベラルーシの人々が身につまされるような状態が続いていること自体はもちろん幸運ではなく、非常につらい、残念なことです。最近は「まるで今のベラルーシを描いているようだ」という驚きの声をもらいます。あの本に書いたのは二〇一〇年の話ですが、十年も経って相変わらず人々がわけもなく逮捕されたり拷問を受けたりしている現実はどう考えてもおかしいし、今すぐ変えなければいけません。
 僕があの小説を書いたのは、もう、僕が書くしかないと思った、つまりこれまでそういう作品がなかったからでした。ベラルーシの文学というとどうしても、民族色や地域色を押し出したものになりがちです。でも、僕が書きたいのはそういうことじゃなかった。民族は、自分で選べるものではありません。人間にとって重要なのは、生まれながらに決まってしまう、民族や性別をはじめとした諸々の条件に固執することではなく、世界のどこでどんな風に生まれても守られるべき権利を認識し、守ることです。ベラルーシに今、そういった人々がたくさん育ってきたことを嬉しく思っています。

聞き手・訳/奈倉有里(「すばる」2020年11月号より)


「すばる」2021.5月号

「すばる」最新号

すばる文学賞

  • 応募要項へ
  • これまでの受賞者

投稿原稿について当編集部では、「すばる文学賞」「すばるクリティーク賞」への応募作品以外、原稿をお受け致しません。送られた原稿の返却、お問い合わせにはいっさい応じかねます。

すばるクリティーク賞

  • 応募要項へ
  • これまでの受賞者
twitter@subaru_henshubu