すばる文学賞受賞者インタビュー 2008/11 天埜裕文
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天埜裕文氏

 『灰色猫のフィルム』は、“僕”が母親を包丁で刺し殺したシーンから始まる。家を出た彼は目的もないまま電車に乗り、終点で降りて初めて訪れた街をさまよう。漫画喫茶や公園で息をひそめて過ごすが、所持金が底をつき、やがてホームレスの世話になることに……。これほどまでに主人公は追い込まれているのに、なぜ彼がこんなことになったのか、つまり母親殺しの動機は一切明かされない。それだけでなく、“僕”のプロフィールや地名といった固有名詞も書かれていない。まるで“僕”に関する情報を絶つことで、“僕”への同情を排しているようなのに、彼の異様な緊張感が伝染してくる。この濃密な世界は驚くべきことに携帯電話を使って、すべて自室のベッドの上で書かれたと言う。しかも、初めて書いた小説。

「パソコンを持っていなかったので、携帯で書きました。ひたすらメールの続きを書いていく感じで。完成までに十カ月かかりましたが、締め切りぎりぎりに書き上げて、急いで原稿用紙に写して送ったので、現在に至るまでちゃんと読み返してはいないんです。全体の構成はぼんやりと頭に思い描いていましたが、特に着地点は決めずに、とにかくどんどん書いていきました」

 二十二歳の無職の青年が、なぜ小説を書こうと思い立ったか。それについて語るには、彼の過去にさかのぼらなければならない。天埜氏は小学二年生の頃から、不登校になった。その理由は、自分でもよくわからないと言う。
「勉強はそれほど好きではなかったけれど、学校は楽しかった。休み時間はドッジボールをしたり、帰宅後は近所の友達とサッカーをしたり。でも、夜寝ながら『また明日も学校がある』と考えると、何だかイヤになって。行かなくちゃいけないという気持ちはあったのですが」

 中学を卒業するまで、たまに登校しては、また行かなくなるということが続いた。時々フリースクールに通いながら選んだ高校は、「安全に、と考えて」通信制。バイトをすることもあったが、毎日が暇だった。そんな日々の中で決めたのが、“美容師になろう”ということ。

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