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自らの今を本作りにたとえるほど、本は、常に生活の中で身近に寄り添っている存在。それは、福岡で育った自身の幼少期から始まっている。
「本しか買ってもらえなかった。本なら買ってやるという家庭だったんです。おもちゃの思い出は、親父の東京土産で、サンダーバードの秘密基地を買ってきてもらった、その一回だけ。でもABCブックは全巻揃っていた。名作ばかり入っていて、いい本ですよ、あれは」
教師で読書家の父親の本棚には、あらゆる種類の本が詰まっていた。
「中高生時代は、すかした感じで、『肉体の悪魔』『赤と黒』とかを読んでました。親父が偉かったのは、自分がいいと思う本を薦めなかったこと。でも影響は受けました」
演劇や映画に興味を持ったのも同じ理由だ。
「福岡だったので、芝居は滅多に来なかったけど、たまに来た小沢昭一さんとか井上ひさしさんとかの芝居に連れて行ってもらって。学校演劇みたいな教訓めいたものではない、笑えるものを観たから、芝居って面白いなぁっていうところから入れた」
福岡県立筑紫丘高校に進学し、ラグビー部に入部。翌々年には花園に出場することになったほどの名門だった。しかし先輩に命ぜられてラグビーボールを自分の唾で磨いている時、ふと「俺、こんなこと、してていいのか」という疑問が生じ、一年生で退部する。それを契機に「文化的な方向に行こう」と決心し、映画研究部に入り直す。早稲田大学進学後は演劇研究会へ。
「最初は脚本を書きたいと思っていたんですけれど、鼻で笑われて。修業のつもりで役者をするうちに、役者が面白くなった。ほぼ同時に、脚本の才能がないことにも気づかされました。そもそも作家として“言いたいこと”がないんです。日本の保険制度って、おかしくない? とか、小出しにはあります。年金はどうなるんだとか、いちいち頭に来て、どっちかって言うとクレイマーです。でも人間ってどうなるんだろう? なんて、普遍性のある訴えたいテーマはない。それがなければ書く必要ないのかな、書くべきではないのかな……と。本は好きなので、役者や演出をしていて、こう芝居をしたほうが言いたいことが伝わると思うな、そこ、黙っていたほうがいいと思うな、っていうのは分かるし、そういう事は得意だと思います」 |