ひと 2004/12 長塚圭史
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長塚圭史氏
 そういった家庭環境の影響で、本人の言葉を借りれば“空想少年”の時期が長く続くことになった。

「子どもの頃は、人形遊びみたいのが大好きで、ひとりで何時間でも遊べたんですね。そこから抜け出せなくなっちゃって。ただのちょっと危ない子です(笑)。小学生になっても好きで、中学生になってもやめたくなくて。どうしたらいいんだろう……って男の子としては悩むわけです。女の子を意識し始めると、“これはヤバイ”と思うようになる。で、触るのやめようと思って、しばらくは、遠くから見たりしてました……」

 この時、培った想像力は、今も、重要なバックボーンとして、彼自身の中に生きている。

「想像力が必要以上に、どんどん広がってしまうんです。子どもの頃は、自分がヒーローになれるとか、そんな想像ができたんですが、思春期を過ぎたあたりからマイナスのほうにばかり働くようになった。自分の中で絶対的に強いと思っていたものが崩れ落ちるような知識と体験が増えてきて。想像力が悪いほうに広がって、例えば恐怖心も増幅して、人一倍怖がりになってしまう。だから意外がられるけれどホラーも苦手なんです。十代から二十代にかけて劇団なんかやってると、友達はたくさんいるけれど、俺がほんとにつまらないものばっかり書くようになったら、みんないなくなってしまうんだろうな、とか。そういう想像が広がっていって、孤独や不安で、ものすごく酒を飲み続けたりっていうのがしょっちゅうありました」

 今、その孤独感、不安感は、作品となって昇華されていく。

「ある意味、自分自身で言ったら、まあ、『ピローマン』につながるんです。非常に不器用な部分が特にキャラクターに反映されている。こうして話していても、何だかよくわからないって思っていることをそのまま言葉にしているだけで。でも、誰も彼もみんな結論を持って生きてるわけじゃない。僕は、僕なりに不器用に悩んでいる。漠然とこのままではいけないと思っている。で、自分でつくり出す舞台という世界の中では、あるポジティブさは持っているつもりなんです。自分はこんな人間だから、そこに、何でもいいんですけど、一歩でも前進する光がほしい、と」

『ピローマン』では、ラストシーン、作家は、ひとつの再生に賭けることになる。決して明るくはない展開の中で、それは圧倒的な輝きを放つはずだ。長塚圭史という人の魅力もまた、その密やかな強さに集約されていくのかもしれない。

聞き手・構成 和田淳子
撮影 中野義樹

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