ひと 2004/07 ハニフ・クレイシ
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ハニフ・クレイシ氏
 映画『マイ・ビューティフル・ランドレット』(1985年)はハニフ・クレイシの書いた脚本がアカデミー賞の候補になったこともあり、幸いいまでもヴィデオで見られるが、ロンドンの南地区に住むインド系、パキスタン系移民たちの内面を描いた悲喜劇だ。数多くの印象的なシーンの中でも、主人公の移民二世の青年が叔父の大邸宅を訪ねるそれは、いかにもクレイシらしいアイロニーがぴりっと利いているシーンだと思う。

 大邸宅に行くと、青年は叔父さんの妻に面会させられる。カラチの上流階級の出であることが自慢のこの中年女性は女王様みたいに気位が高く、故郷とのつながりを忘れてイギリス化している青年を〈どっちつかず in‐between〉となじる。とはいえ、ビジネス界で成功をおさめている叔父は、外で上流階級出のイギリス女性を妾にしているのだから、この「女王様」こそ、夫の作ったロンドンの中の小さな「インド」で虚勢をはっているにすぎない。こうしたひねりの利いた風刺ゆえに、クレイシは一部のインド系、パキスタン系の移民たちから批判を受けてきたのだろう。

 クレイシは一九五四年にロンドンの南東地区で生まれた。パキスタン人の父とイギリス人の母をもつ【混血/ハイブリツド】である。イギリス生まれであっても、イギリス白人たちからは移民扱いされ、一方インド人・パキスタン人の移民一世からは「イギリスかぶれ」と見なされる。クレイシはそんな宙ぶらりんの〈どっちつかず〉を自らの創作の【武器/ポジシヨン】に据えて、そこからイギリス社会における移民への迫害や人種差別だけでなく、同性愛をめぐって、パキスタン系移民の共同体内部における家父長制度にも風刺の刃を向ける。そんなアイロニーとダークな笑いがクレイシの小説の特徴だ。

 とりわけ、デビュー長編『郊外のブッダ』(1990年)は、語り手自身の言葉を借りれば、「帰属意識とよそ者意識が奇妙にまざりあった」立場から、イギリス社会や移民共同体の矛盾を語った小説だった。そういう意味では、『悪魔の【詩/うた】』のサルマン・ルシュディのみならず、わが国の在日韓国人作家――たとえば、戦後大阪の朝鮮人たちの悲喜劇を下世話なユーモアをもって共同体内部から描ききった『夜を賭けて』の【梁石日/ヤン・ソギル】との類似性を見つけるのも難しくない。

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