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このように“多才”あるいは“なんだかいろんなことをする訳のわからないひと”に対して、“マルチ”という肩書きが生まれた90年代初頭から、岸野は“勉強家”を名乗っている。これは神秘というより、むしろ謙虚、と呼ぶべきなのかもしれない。 それでもなお、岸野がたぶん神秘である理由のひとつは、これまでの膨大な活動履歴とその範囲はアンダー・グラウンドに限定されるものでないにもかかわらず、彼がどれほど知られているのか、という点にある。それはまるで自分自身をも、煙に巻こうとしているかのようだ。 たとえば書き手としての仕事を見ればわかることだが、音楽評論家の松山晋也氏が「二百字の原稿の中に二万字の思想」と評するように、それらは膨大な知識と認識に裏打ちされたものであり、ただ闇雲に履歴を増やしているわけではない。そんな、神秘であり謙虚であり“知るひとぞ知る”彼が音楽レーベルを始めた。レーベル・オーナーになったのである。 「レーベル始めましたって言うとね、おめでとうございます、って言われるんだけど、何がおめでたいのか、全然わかんないのね(笑)」 出したいものを出してるだけ、と岸野は言うが、3タイトル同時リリースのスタート。以降の予定としては黒沢清、大友良英のサントラ集などが挙がっている。ジャケット・ワークを含め作品全体のクオリティから流通の規模まで、このまま維持し続けることは、ある意味、博打である。80年代から音楽活動を続けてきた彼が何故、今、レーベルなのか。 「先人たちを見ると、あるきっかけで優秀なディレクターなりプロデューサーにピック・アップされて世に出る、という経緯を経ている。それが音楽をやっていく正統な手続きだと思っていたんですけど、そういうことに希望を持てたのは20世紀までだったんだろうな。今はみんな自分のことに精いっぱいで、時代に余裕がない。世紀が明けてから人情が呆けてしまったように感じられて、これは自力でやるしかないだろうと覚悟を決めた」 自らミュージシャンをピック・アップする立場になった現在、『Out One Disc』というレーベル名が方向性を示すのかと聞いてみると、語感で選んだだけだと彼は言う。 |
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