ブコウスキーの墓には「don’t try」と刻まれている。自分のことばにかえるなら「やめとけ」かな、と写真をみて何日かして思いがまとまった。そのあとで彼の詩からとっていることを知らされ、やりなおし。言語をまたぐことのむずかしさを楽しんだ。日本語の「……に会ってみる」とか「……と話してみる」「……をやってみる」といった、動詞のあとに「みる」をつける言い方。そこには現実の世界へ立ちむかうときの態度があらわれている。リハーサルに似た「試し」の希薄感がブコウスキーにはたまらない。「会ってみる」のではなく「会う」だ。「話してみる」のなら話すな、話すならただ「話せ」。ということで、時間にたいする不道徳を戒めているととろう。そうすると、素直に「試すな」とするのがよさそうだ。もっとすすめて「まじめにやれ」もいい。「ふざけるな」も悪くない。この写真はシアトルの市場の魚のコーナーで。撮ってみた、ではなく、撮った。アンコウか。

鏡のまえで 青野聰