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「すばる文学カフェ」は、前回から集英社のホームページにインターネットで実況中継されている。四回目の八月七日夜八時まえ、東京・渋谷のアップリンク・ファクトリー。舞台にピントを合わせたビデオ・カメラはもう回っている。
会場が暗くなると、低くコーランが流れはじめた。コーランは一気に人を見慣れぬ空間に連れていく。今夜は一体、なにが起こるのだろう。飲み物を手にした参加者たちは、声を落として語りながら、朗読者たちを待っている。 今夜の読み手、古井由吉氏と島田雅彦氏がステージに上がってきた。グレイの濃淡でシックにまとめた古井氏、そして島田氏は、今日はゆかた姿である。あさぎ色の地に紺と茶で幾何学的なパターンが描いてある。茶と白のストライプの角帯。これなしでは過ごせないという雪駄。帯には扇が。 古井氏は取材旅行先の大分で、体がぐにゃぐにゃになるといわれている夏ふぐを食べ、そして今、「赤ワインを飲んだら、すでに天国に入った。黙示録には天国に仕事があるとは書いてない」。島田「このなかに死者もいる……」コーランがつづくか、作家たちは参加者をますます異なる場所に連れていく。
砂漠では、モノとコトバはしっかり結びついている、そして一旦発した最小限のコトバは忘れられることはない……。老詩人の確固とした語り……。ゆかたを着た日本の作家は砂漠に立って、歯切れのいいリズムで会話を刻む。 バックの音楽がコダーイの無伴奏チェロソナタにかわると、古井氏が語りはじめた。北海の島の夜、千鳥が鳴いているのを宿で聞いている。「へたな小説だから解説がいる」とジョークをとばしながら、短編集『夜明けの家』から「島の日」を朗読。穏やかな声とゆったりしたテンポ。座ったままマイクに向かい、時折、顔を上げて参加者を見る。目前に広がる渚と島々。朗読のスピードは思考のスピードなのだろうか。 「打ち合わせしたわけじゃないけど、砂漠と海でしたね」と島田氏。しかも遊牧民のようにオアシスを求めて熱砂のうえを歩き回る島田氏と、北の鈍色の渚を前にして目と耳をかたむける古井氏。期せずしてコントラストの際立つものになった。
セッションでは「ぼくが砂漠を」と古井氏が言えば、島田氏は「老人になる」というわけで、古井氏の『神秘の人びと』に収録された「七つの谷」というペルシャの詩人ファリード・エド・ディーン・アッタールの文章についての一文、サミュエル・ベケットの散文詩(老人のつぶやき?)「伴侶」が交互に読まれる。 島田氏の朗読をじっと聞き入っている古井氏は、なかなか読みはじめない。やっと顔を上げると、これはイスラム・シーア派の説教だけど、そんな声は出ないので、日本の坊主がやっていると思って、と前置きして、
F そもそも、わたしは何ものであるのか……。/その時も以前などというものはなかったように、今もそんなものはない。 朗読会が終わると少なからぬ数の観客が何冊もの本を抱えて作家たちを取り巻いていた。 (上田恭子) |
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