すばる文学カフェ vol.4


録画中継
Part 1 ●二人の会話
●島田雅彦氏の朗読 作品:「ミス・サハラを探して」(KKベストセラーズ刊)(約40分)
プレイ
Part 2 ●古井由吉氏の朗読 作品:「夜明けの家」(講談社刊)
●古井由吉氏 vs 島田雅彦氏
 スペシャルセッション (約60分)
プレイ
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レポート

 「すばる文学カフェ」は、前回から集英社のホームページにインターネットで実況中継されている。四回目の八月七日夜八時まえ、東京・渋谷のアップリンク・ファクトリー。舞台にピントを合わせたビデオ・カメラはもう回っている。

島田氏と古井氏 七メートル四方ほどの会場を埋める人、人、人。椅子席にもソファにも座れない人たちが、ステージと椅子席のあいだに敷かれた布の上に座り込んでいる。立っている人も身動きならず、前の人と重ならないようにスペースを確保している。百人近くも集まったのだろうか。

 会場が暗くなると、低くコーランが流れはじめた。コーランは一気に人を見慣れぬ空間に連れていく。今夜は一体、なにが起こるのだろう。飲み物を手にした参加者たちは、声を落として語りながら、朗読者たちを待っている。

 今夜の読み手、古井由吉氏と島田雅彦氏がステージに上がってきた。グレイの濃淡でシックにまとめた古井氏、そして島田氏は、今日はゆかた姿である。あさぎ色の地に紺と茶で幾何学的なパターンが描いてある。茶と白のストライプの角帯。これなしでは過ごせないという雪駄。帯には扇が。

 古井氏は取材旅行先の大分で、体がぐにゃぐにゃになるといわれている夏ふぐを食べ、そして今、「赤ワインを飲んだら、すでに天国に入った。黙示録には天国に仕事があるとは書いてない」。島田「このなかに死者もいる……」コーランがつづくか、作家たちは参加者をますます異なる場所に連れていく。


島田雅彦氏 島田氏の朗読がはじまった。『ミス・サハラを探して』である。そうだったのか。最初にギリシャ、ユリシーズの話、そして地中海を渡ってチュニジアに移る。着くずれるので、と立ったまま朗読される砂漠とオアシス、そして遊牧民の男たち女たち。古井氏は椅子にかけ、腕組みして聞いている。

 砂漠では、モノとコトバはしっかり結びついている、そして一旦発した最小限のコトバは忘れられることはない……。老詩人の確固とした語り……。ゆかたを着た日本の作家は砂漠に立って、歯切れのいいリズムで会話を刻む。

 バックの音楽がコダーイの無伴奏チェロソナタにかわると、古井氏が語りはじめた。北海の島の夜、千鳥が鳴いているのを宿で聞いている。「へたな小説だから解説がいる」とジョークをとばしながら、短編集『夜明けの家』から「島の日」を朗読。穏やかな声とゆったりしたテンポ。座ったままマイクに向かい、時折、顔を上げて参加者を見る。目前に広がる渚と島々。朗読のスピードは思考のスピードなのだろうか。

「打ち合わせしたわけじゃないけど、砂漠と海でしたね」と島田氏。しかも遊牧民のようにオアシスを求めて熱砂のうえを歩き回る島田氏と、北の鈍色の渚を前にして目と耳をかたむける古井氏。期せずしてコントラストの際立つものになった。


 セッションでは「ぼくが砂漠を」と古井氏が言えば、島田氏は「老人になる」というわけで、古井氏の『神秘の人びと』に収録された「七つの谷」というペルシャの詩人ファリード・エド・ディーン・アッタールの文章についての一文、サミュエル・ベケットの散文詩(老人のつぶやき?)「伴侶」が交互に読まれる。
 S ひとつの声が闇のなかのだれかに届く。想像すること。声が彼にむけて語っいるのかどうか。

 島田氏の朗読をじっと聞き入っている古井氏は、なかなか読みはじめない。やっと顔を上げると、これはイスラム・シーア派の説教だけど、そんな声は出ないので、日本の坊主がやっていると思って、と前置きして、

古井由吉氏 F まず、探求の谷である。探求の谷に踏み入ると……。
 S 声は伴侶に達するようにできている。そう、私は思い出す……。
 古井氏は「妙に一致しますね。我々が書いたことじゃないのに」と言いながら参加者に目をやる。まさに説教である。

 F そもそも、わたしは何ものであるのか……。/その時も以前などというものはなかったように、今もそんなものはない。
 「説教って暗くなりますね」と言う島田氏に、「アラブの人たちはとんでもない比喩を次々に使って」と応じながら、「青い眼薬をそなたの眼に塗れ……。島田氏の最後の一行は「空虚な言葉を重ねるだけ、おまえは最後の言葉に近づいていく」だった。
 イスラムの詩はコーランから派生したものなのだとか。ベケットの詩まで説教のように聞こえたのは、作家たちの声が絶妙のコンビネーションを発揮したせいにちがいない。

 朗読会が終わると少なからぬ数の観客が何冊もの本を抱えて作家たちを取り巻いていた。

(上田恭子)
撮影/中野義樹