すばる最新号  >  第42回すばる文学賞原稿募集・これまでの受賞者  >  受賞者インタビュー・山岡ミヤ

すばる文学賞

これまでの受賞者

応募要項

戻る

第41回すばる文学賞・受賞者インタビュー・山岡ミヤ

「作品の原型は二〇歳の夏に出来ていました。もう十年以上前なのですが去年、急にこの作品の人物達が頭の中で動き出したんです。それで再び取りかかって、何度も推敲して原型からは大分違う作品になったんですが、誰かに読んでもらいたくて文学賞に応募しました」

「光点」は弁当工場で働く「わたし(実以子)」の家庭での居場所のなさ。八つ山と呼ばれる裏山で出会う不思議な青年・カムトとの交流が主軸に描かれる。静謐な世界を破るようにじわじわと不穏な気配が迫ってくる。

「基本的に嬉しいことや楽しいことがあって書くという感じではないです。原型を書き始めたきっかけは身近な人が亡くなったことと、当時所属していた大学のゼミの課題で読んだ内田百閒の「山高帽子」の暗いイメージが重なったことでした」

「わたし」が神前で〈祈りのかたち〉を取る場面や、「わたし」とカムトが神を信じるか否かについて言葉を交わす場面が強く印象に残る。

「特定の宗教について書くということは考えていませんでした。最初に書いていた時は「わたし」が神前ではっきり祈る場面を描いていたんです。改稿を重ねていくうちに〈祈りのかたち〉になっていったんですね。祈ることや神の問題は生死をテーマにした必然性から派生したのかもしれません。十代の時に読んだ福永武彦の「深淵」という信仰をテーマにした小説は強いインパクトがありました。その頃から、祈ることについての関心があったんだと思います」

 詩的な比喩や、平仮名の多用など、定型をはずした文体も特徴的だ。小説の創作と並行しながら詩作をし、詩誌にも投稿していた。詩を書いていたことが小説にも生かされたという。

「ただ詩的な表現が強すぎるとお話が伝わりづらくなるので、そのバランスは気をつけました。特にかっこいい表現がしたいからではなくて、小説の世界に読者を繫ぎとめるための方法だと思います。例えば「わたし」が弁当工場で働いているので「保冷剤」という単語をあえて比喩で使ったりしています。かなりわかりやすい単純な比喩になっている箇所もたくさんあります。映像でのサブリミナル効果のように徐々に読者に単語を刷り込ませて、作品の世界に引き込みたいんです」

 娘である「わたし」を追い込むように厳しい言葉を浴びせ、過食により太っていく母親の描き方に圧倒される。

「特別、母親と娘の関係をひどく書こうと思ったことはないですね。母親は娘にこうであって欲しかったという思いが叶わなかった。彼女は自分が思っていたことと違うことが起こると対応できなくなってしまう。不器用な人なんです。でもこの作品に出てくる人達はみんなどこか不器用です。カムトも「わたし」と対話しているようで自分の殻の中で、この世に存在しない人と交信しているだけのようなところがある。それを「わたし」が一方的にキャッチしているだけで、彼らは対話をしているのではないかもしれません」

 幼少期から小説家を志し、書くことをやめたことはない。小学校の時には作文の課題に小説を提出していたという。

「小学校二年の時に、その日に見た夢の話をノートに書いて担任の先生に提出していました。忘れている細部が創作なんです。書くことが好きでした。文章を磨くために高校一年生の時に図書室で泉鏡花の「外科室」を原稿用紙に書き写したりもしましたね。言葉の響きが心地よくて、手術の痛々しい場面も美しいので、書き写したものを思わず音読しました。好きな作家や作品はたくさんあって全部挙げられないですね……。尾崎翠の「第七官界彷徨」や藤枝静男「空気頭」、あと宇野浩二の「蔵の中」の語りのリフレインが忘れられないです。現代作家だと多和田葉子さん。テーマや話の筋だけではなくて言葉遊びが好きで、何回読んでも瑞々しく感じるんです」

「光点」の執筆中には、フローベールの「ボヴァリー夫人」に励まされたという。

「単純なストーリーなのに何度も読める。十代の時に読んだものが三十代で印象が変わる。それが小説のすごいところだと思います。私は昨日思いついたエピソードをすぐに作品化するのではなく、寝かせている時間が長いんです。今もいくつか頭の中に構想があります。デビューしたので、それをうまく引き出してきちんと完成させたい。そして何度も読んでもらえる作品にすることが目標です」

「すばる」2017.12月号

「すばる」最新号

バックナンバー一覧へ

すばるクリティーク賞

  • 応募要項へ
twitter@subaru_henshubu