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第43回すばる文学賞・受賞者インタビュー・高瀬隼子

 三十歳の薫。恋人の郁也とは何年もセックスをしていない。ある日突然、郁也から彼の子を妊娠しているミナシロという女性を紹介され、「子ども、もらってくれませんか?」と持ちかけられる。身体について、生殖について。人を、犬を、愛することについて。独自の文体と切実な思索が連なるデビュー作は、幼いころから小説に情熱を傾けつづけてきた一人の女性が醸成してきた、「問い」の結晶だ。
「幼いころから、本はいつも傍らにありました。もともと家の書棚にたくさん本があったわけではないのですが、近所に住んでいた一つ年上の幼なじみが読書家で。お小遣いが貯まると古本屋さんに行って、コバルト文庫やティーンズハート文庫を買って、交換しながら読むんです。読むことは個人的な行為だけれど、その素晴らしさを誰かと共有する楽しさを彼女に教えてもらって、本がさらに好きになりました」
 読書家の少女は、ごく自然に「書く」ことにも導かれていった。
「幼稚園のお絵かきノートに『ピエールのだいぼうけん』というお話を書いたのが、原体験でしょうか。ほぼ『ピノッキオ』の筋書きだったんですけどね(笑)。小学校に上がったころから、明確に「作家になりたい」という気持ちがありました。でも、小説にしようと構えて書くと筆が止まってしまって。代わりに、考えたことや起こったことを日記のようにメモしていたんです。書いているうちに、起きていないことを起きたこととして書いてしまったり、知らない人が登場したり。少しずつ現実からはみ出すことで、文字の世界がひとりでに動く感覚を掴めたように思います。小学校の高学年のとき、小中学生対象の童話賞で佳作をいただきました。自分だけのために書いていたものが、どうやら誰かに読まれ何かが伝わったらしい。驚きましたが、嬉しかったです。
 中学生のころはいつまでも完結しない書きかけの小説を友だちに読んでもらったり、絵の上手な子にイラストを付けてもらったりして、そのうちだんだん長さのあるものが書けるようになっていきました。高校では文芸部に所属していて、年に一回発行する部誌に、二、三十枚くらいのものを書いていました。それから、五十枚、六十枚と、一作の分量が少しずつ増え、大学二年生のころに、ようやく文芸誌の新人賞に応募できる長さのものを、ひとまず書ききることができるようになりました。以来約十年間、一年に一作のペースで書き、新人賞を毎年一つ選んで、応募してきました」
 地道に、着実に、小説を書くための持久力をつけていった一方で、十代のころから静かに揺らめき始めたのが、違和感の炎だった。
「この社会で女性として生きるしんどさは、中学、高校のころからじょじょに実感するようになりました。歳を重ねるごとにしんどさは増大するばかりですが、島本理生さんや金原ひとみさん、村田沙耶香さん、本谷有希子さんなど、同時代を生きる女性作家の作品に何度も救われてきました。
「嫁」や「婿」という用語にはずっと疑問がありましたし、結婚や戸籍の在りかたに対する違和感もあって。数年前に結婚したんですが、今でも制度には納得がいきません。結婚をしたらしたで、平手でお腹をポンッと触られながら「子どもはまだか!」って絡まれたり、暑くてうっとうしいから長かった髪を切っただけで「妊娠したの?」と聞かれたり。昨年の医学部不正入試問題や、数年前からの#MeTooを見つめ、女性たちの運動に共感しながらも、自らデモに参加したり、発信することはなかったんです。ただ、「むかつく、やってらんない」という思いは自分なりに溜めこんでいて、今回の作品も、その怒りが原動力となったように思います」
 感情を口で表明することが苦手で、たとえ不快に思うことがあっても、相槌でやり過ごしてしまうことが多かったという。「小説に書いてみると、その不快感が何だったのか、どんなことに違和感を覚え、何に傷ついたのかを、理解し言語化できるような気がする」。だから、小説を書くのだと語る。
「これからも、正体不明の感覚、言語化できない感情を、言葉にしていきたいと思います。どんな人生を描く場合も、それは作者であるわたし自身のものではないから、全否定することはできません。理解不能な行動をとる人間も、自分と重なる部分がどこかにあるはず。薫にも、郁也にも、ミナシロにも、みんな、わたしが入り込んでいます。そんなふうに分身のような人たちが世に放たれる怖さはありますが、覚悟をして、逃げずに書きつづけたいです」

「すばる」2019.12月号

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