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「関係性が生まれる光景」綿矢りさ『オーラの発表会』 瀧井朝世

綿矢りさ『オーラの発表会』

定価 1,540円(税込)
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 片井海松子は大学進学と同時に、両親から一人暮らしするよう告げられる。キャンパスは自宅から通える距離にあるにもかかわらず、すでに入居するアパートも決められており、海松子は頷くしかない。そんな彼女の学生生活が描かれていくのが、綿矢りさの『オーラの発表会』だ。
 マイペースな女性主人公をコミカルに、愛らしく描かせたら天下一品の綿矢。今回も海松子の言動で大いに笑わせる。両親にも敬語を使う彼女は、人の気持ちを推し量ることが苦手だ。趣味は一人でできる凧揚げ、大学で友達を作ろうと訓練したのが、学食の全メニューをおぼえ、食後の口臭で相手が何を食べたか当てる能力の向上。そんなことをされて喜ぶ人がいるとは思えないが、海松子は大真面目に取り組んでいる。当然、親しい友人はできない。ちなみに彼女の特技は周囲の人間に的確な、しかし失礼なあだ名をつけること(決して口には出さない)。
 中学時代も友達のいなかった海松子だが、高校時代には一人だけ近づいてくる同級生がいた。それが同じ大学に進学した萌音だ。だが現在、彼女は海松子が話しかけても邪険に扱う。どうやら萌音からすると、海松子は高校時代に比べ様変わりしてしまったらしい。その理由も後に明かされる。
 ちなみに海松子が密かにつけた萌音のあだ名は「まね師」。萌音は身近な人間の髪型、メイク、服装を完コピするのが得意で、高校時代は海松子の真似をしていたのだ。大学でもその習性がバレて仲間から顰蹙を買い、萌音は仕方なく、再び海松子と行動を共にするようになる。海松子はというと、その完コピ能力を嫌がるどころかむしろ感心している。彼女はとことん自意識が希薄なのだ。それは鈍感ともいえるが、上から人を評価しない、かつ人の評価を気にしないという美点にもなっている。
 教師志望の海松子は塾講師のアルバイトをしているが、機械的に教えるだけなため生徒から人気がない。それが唯一の悩みで、他は、物欲もなく、凧揚げ以外に趣味もなく、お洒落にも恋愛にも興味のないため、ひたすらマイペースに日々を送ることでこと足りている。ただ、その充足感は非常に脆いものだ。理由はふたつ。ひとつは、それが今まで、両親の庇護の下で成り立っていたものであること。もうひとつは、彼女が自ら選択してそうなったわけではないこと。彼女だって寂しさを感じていないわけではない。クラスメイトから飲み会や学園祭のイベントに誘われれば快諾するし、近づいてくる者がいれば拒否しない。人嫌いなのではなく、単に他人とうまく接する方法を知らないだけ。
 そんな彼女にアプローチしてくる二人の男がいる。一人は大学教授である父の元教え子の諏訪。もう一人は幼馴染みで、以前から海松子に好意を寄せている奏樹。来るもの拒まず去るもの追わずタイプの海松子はどちらのことも拒絶せず、愛想よく接していく。両天秤にかけている意識すらない。彼らとの恋愛ともいえない恋愛めいた何かと、萌音との友情ともいえない友情めいた何かが進行するなかで、不器用だが素直で誠実な海松子は、自らを取り囲む状況と向き合っていく。
 恋愛感情が分からない彼女だが、二人の男と接していくうちに、心の底で疼くものが生まれていく。恋愛感情と性的な衝動と人恋しさがないまぜになって不安や迷いを抱えた結果、彼女はなぜか「バチン」とオーラを鳴らせるようになる……というぶっ飛んだ展開。それだけ彼女が混乱しているということだ。
 海松子について「空気が読めない」「変わった子」という言葉で片づけるのは簡単だ。しかし、それは決して欠点ではない。彼女は誰にも迷惑をかけていないし、誰かを傷つけてもいない。行動に極端なところはあるものの、彼女の、人とどう接したらいいのか分からない戸惑いや、一人でいても問題はないが人と一緒にいるのも楽しい、といった感情は、誰の中にでもある。だから、彼女が彼女のまま、萌音と親しくなっていく様子はなんだか切なくなるほど愛おしい。自分勝手だが意外と面倒見のよい萌音と、そんな彼女にとことんマイペースに接していく海松子はなかなか相性がよさそうで、この二人だからこそのコンビネーションが成り立っている。会話は結構ちぐはぐだけれども、どちらも表面的ではない率直な態度で相手に接している。別に無理して言動を大勢の人間にすり合わせなくても、相性のよい相手が見つかれば、人はちゃんと人間関係を育めると思わせてくれるのだ。一方、二人の男性それぞれとはどうなっていくのか気になるところだが、納得のいく決着が待っている。
 著者が描く〝一人上手〟な女性といえば、『私をくいとめて』の主人公が浮かぶ。休日はおひとりさま活動にいそしみ、普段から脳内の「A」という存在と対話して満足している33歳の会社員、みつ子だ。あの作品もまた、自己完結していた主人公が状況の変化の中で他者との関係について見つめ直していく内容だった。決して他人を拒絶しているわけではなく、単に不器用で臆病な主人公が、人との関わりについて学び、生まれたての子鹿のようによろよろと立ち上がっていく。人間関係の構築の原点のような光景に、著者は興味があるのかもしれない。人との関わり合いにはしんどいことも多々あるけれど、ちょっとでも興味があるのなら扉を閉ざしっぱなしにするのでなく、少しだけでも開けてみてもいいんじゃないか、というエールが感じられるのだ。
 他者を大切に思い、認めるということ。依存するのではなく、自立しながら接していくということ。当たり前のように他人と関わっていると忘れがちな基本を、思い出させてくれる作品。不器用だからこそ、ここまで愚直に丁寧に考えぬいた海松子に拍手を送りたい。

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