すばる最新号  >  書評一覧  >  あまりに無謀で、切実な賭け 宮内悠介『黄色い夜』 瀧井朝世

「あまりに無謀で、切実な賭け」宮内悠介『黄色い夜』 瀧井朝世

宮内悠介『黄色い夜』

本体価 1500円
▼BOOKNAVIへ

 エチオピアと隣接する架空の国家、E国。宮内悠介の新作『黄色い夜』の舞台だ。資源に乏しいこの国の観光資源はカジノで、その施設は今も建設途中の巨大な螺旋状の塔。階を上がるにつれて賭け金も上昇し、最上階では上限がない。ヨーロッパの富豪はツアーを組んでやってくるという。最上階で巨額の金を賭けて勝てばE国そのものを手に入れることすらできる。
 この地にやってきたのが二十六歳の日本人青年の龍一、通称ルイである。E国乗っ取りを企む彼は、イタリア出身の青年、ピアッサと組んでさまざまな方式のギャンブルに挑み、上の階を目指していく。ブラックジャックやビンゴゲームやルーレットといったカジノにお馴染みのゲームだけでなく、聖書を使った謎解きや、水が沸騰するまでの時間を予測する勝負など、ルイが挑む賭けのバリエーションが豊かで、それぞれが実にスリリング。……と、あらすじを説明すれば、ひとつずつステージをクリアしてレベルアップしていくRPGのようなエンターテインメント小説を想像するだろう。もちろんそれは間違いではないが、なにしろ作者が作者だ。一筋縄ではいかない要素が本作には詰まっている。決してページ数の多い作品ではないが、なんと濃密なことか。
 宮内作品を読むと、しばしば〝越境〟という言葉が浮かぶ。純文学とエンターテインメントの境界を軽々と越える独自の小説世界を生み出し、これまでに直木賞、芥川賞、山本周五郎賞にノミネートされ、吉川英治文学新人賞と三島由紀夫賞を受賞しているハイブリッドな作風を持つ作家である。また、日本で生まれたのち四歳から中学一年生の時までアメリカで暮らしていたこと、若い頃にバックパッカーとして世界を旅し、最近(もちろんコロナ禍の前だ)でも各国を訪れているという著者自身のバックグラウンドからも〝越境〟のイメージは浮かぶ。だが、そうした来歴を考慮しなくても、本作には〝越境〟という要素がいくつも感じられる。
 これまでも、たとえば『あとは野となれ大和撫子』でアラル海の干上がった土地の上に架空の国家が存在する物語を生み出している著者。その時は実際にかの地域を訪れたことから着想を得たというから、本作の場合も、以前紅海付近を訪れたことがあるのかもしれない。こうして日本から飛び出して、遠い土地を描き出すことは著者の得意技のひとつだ。  ルイが出会う人たちも、国境を越えながら生きる人たちだ。イタリア出身のピアッサは、現在モーリタニアに暮らす語学教師。父親が考古学者としてかつてE国を訪れており、その時のある出来事が彼がこのたびやってきた動機でもある。また、ルイが他に協力を乞う女性、アシュラフはソマリア出身。彼女はケニア人と結婚したが、夫は政情不安のなかイエメンへ逃れ、今はそちらで働いている。また、塔のなかで出会うキーパーソン、説教師はE国生まれ。ピーナツ売りの母と盲目の父親のもとに生まれ、兄弟は現在サウジアラビアにおり、自身は十七歳でこの塔にやってきた人物だ。また、最上階の支配者、どこか不気味なアラブ人のイメールも複雑な生い立ちを持った人間で、それは終盤に明かされる。このように、本書の主要人物は民族も国籍も、育った環境や信仰宗教(無神論者を含む)もさまざま。多様なキャラクターたちが、血肉をともなった言動で物語をけん引していく。
 彼らに共通するのは、決して富裕層には属していない点だ。その背景には、現実の社会に存在する格差をうかがわせるものがある。これはその隔たりの溝を越境して何かをつかみ取ろうとする人々の物語だともいえる。
 塔を訪れる人々は、なぜそこまでギャンブルに身を投じるのか。未経験者にはそこまでの心理が理解できなかったが、ルイに「なんのためにギャンブルをやるんだい」と尋ねられたピアッサが「そりゃ、神に近づくためだろうな」と答えるのを聞き、ルイが〈ギャンブル依存症患者の決まり文句のようでもある〉と思う場面で、なるほどと膝を打った。人間の領域を超えて神に近づこうとするような大それた、しかしどこかロマンティックな野望を抱いた人間たちが集まってくると考えると、不遜で刹那的な饗宴の場としてのカジノの姿が浮かび上がってくる。と同時に、貧困問題はもちろん民族や宗教面のアイデンティティを引き裂かれて生きてきた人々が神に近づこうとしていると考えると、そこには傲慢の一言では片づけられない、〝神〟的な存在への信頼と猜疑心の混じった複雑な感情が見えてくる。
 ルイが最上階を目指し、国を乗っ取ろうと企てるのも単に支配欲を満たしたいという理由ではない。彼は自分を革命家とは思っていないようだが、ルイが国を手に入れて実現したいのは、彼なりに考えた理想の社会だ。きっかけは、一人の女性だ。
 ルイには日本に残してきたスミカという恋人がいる。彼女は天真爛漫なミュージシャンだったが、今はメンタルヘルス専門のクリニックに通い、多剤大量処方によって薬漬けになっている。彼女を見てルイが立てた計画の裏には、〈トランキライザーの浅い眠りでなく、無条件に自意識を突破し、人を蘇らせる一つの扉〉を見つけたいという願いがある。まだ若い人間の青臭い理想かもしれない。ただ、思い出すのは著者の長篇小説『エクソダス症候群』だ。舞台は火星の開拓地にある精神科病院で、精神医療史としても読めるこのSF作品は、社会や文化が精神疾患を規定するという側面をとらえている。本作でルイが目指しているのは、そうした規定からの解放と、社会や自意識からの〝越境〟だといえるのではないか。そう気づいた時、著者の中に通底しているテーマを感じずにはいられない。
「黄色い夜」とはこの地域特有の、砂嵐で視界が遮られる現象のこと。ルイは、自分の世界を覆う黄色い夜を越えていくことができるのか。本作は、あまりに無謀で、しかし切実な思いで挑む青年の姿を追った青春小説なのである。

「すばるから生まれた本」書評

書評一覧へ