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「言葉の「前世」」 吉村萬壱『前世は兎』 若松英輔

吉村萬壱『前世は兎』

本体価 1600円
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 短編集はどこか展覧会で絵を見るのに似ている。「最初」の作品は存在するのだが、それから見なくてはならないというわけではない。どう読むかは読み手の自由だ。
 本書には、およそ三年間にわたって書かれた七編の短編小説が収められている。作品は発表順に並んでいるが、この枠は従うためにあるのではない。読者にはそれを打ち破ることが許されている。惹かれた題名の作品から読み始めてもかまわない。むしろ、そうした方が、読み手にとって固有な小説世界を感じることができるようにも思う。
 今回、作品集を手にして最初に読んだのは「沼」だった。

 こちら側に、一体何がある。
 この不潔極まる沼の、蠱惑的な、悪そのもののような純粋な色。

 本作でも作者は、しばしば赤裸々な性にまつわる場面を描くなどして、私たちが日常世界でまとっている常識という衣を剥いでみせる。ここでいう「沼」の世界へと読者を案内する。
 その筆致は沈着で、揺るぎがないから読者は常識という通念が剥離していくさまを凝視することになる。だが、気を付けなくてはならない。作家が描き出そうとしている世界は、衣を脱いだところにある裸の世界ではなく、その奥にある心の世界だからだ。
 心の世界で渦巻いているもの、それは抑圧された思いや欲望、欲情あるいは敵意、憎悪でもある。作者はそれらも描き出すのだが、さらにその奥にあるものを見定めようとする。「言葉」だ。
 表題作でもある「前世は兎」は、魂の輪廻を描き出した作品でもあるが、何よりも言葉の奥に潜む、非言語的意味である「コトバ」、さらにいえば「意味のカルマ」と呼ぶべきものを描き出した秀作だ。
 主人公は前世が兎だった。当時の記憶と人間としての今が交錯する世界が描き出されるのだが、現出するのは「言葉」によって私たちが得たものよりも、失ったものである。

 人間が作った無数の事物を思うと、頭がおかしくなりそうです。そして更に言うなら、最も不要なのは人間が発明した「言葉」だと思うのです。或いはこれは、啼かない動物だった私の負け惜しみに聞こえるかも知れません。しかし言葉こそが、たった一つの世界を無数の断片へと粉々に粉砕してしまった張本人である気がしてなりません。全体から個物を断ち切るのが、言葉というものの機能だからです。
 私は矛盾した事を言っていますか。
 兎だった時代が懐かしいです。

 ほとんどの人は「前世」を記憶していない。最初から人間だったと思い込んでいる。同様の認識を私たちは「言葉」においても持っている。言葉の「前世」、すなわち「意味のカルマ」を失っていることに気がつかない。
 作者が「意味のカルマ」いう表現を書いているのではない。この術語を用いたのは哲学者の井筒俊彦だ。カタカナの「コトバ」という表現も井筒に由来する。
 吉村萬壱と井筒俊彦に何の関係があるのかといぶかる者もいるかもしれない。しかし、彼の読者には周知のとおり、この作家は一度ならず井筒への関心を語り、長編『バースト・ゾーン』をはじめ、その影響下に創作してきた歴史がある。また、冒頭に引いた一節にあった「蠱惑的」という表現も井筒が好んで記した言葉だった。「意味論序説」と題する一文で井筒は「意味のカルマ」をめぐってこう述べている。
「意味のカルマとは、かつて言語的意識の表層において現勢的だった――つまり顕在的に機能していた――意味慣用が、時の経過とともに隠在化し、意識の深層に沈み込んで、そこでひそかに働いている力のこと」(「意味論序説」)。
 作者が、表層的な語意を超え、深層的意味、さらには「意味のカルマ」さえも描き出そうとするのだから、読者である私たちも記号的な言語で描き出された描写にだけ目を奪われているわけにはいかない。作者の意図がなければ作品は生まれない。だが、優れた作品はそれを乗り越えたところへと読者を導く。「沼」にはこんな言葉も記されている。

 毒は内側から摂り入れなければ真の効き目はない。
 本当に向こう側に行くのはこの私だ。

 この一節は、作家吉村萬壱の信条だといってもよい。深層心理学者の河合隼雄は、「物語」と「つくり話」の差にふれながら、前者は創造的想像力というべきものによって生まれ、後者は人間の意図によって作り出されると述べている。もちろん、前者はそれを受け取る者の深層意識を刺激するのに対し、後者は表層意識をざわつかせるに過ぎない。
 現代日本の小説は、いつからか「つくり話」に席巻され、「物語」の場を失いつつある。作者はそうした状況下で「物語」に固執する書き手の一人だ。
 七つの作品はどれも、読者に熾烈な描写の奥にある、作者も気がつかなかった未定形の意味のうごめきを感じることを強く求めているように思われる。
 読み手たちよ、この作品を「完成」させるのはあなたたちだという声さえ聞こえてくるのである。

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