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「はかなく脆く変動する「あつまり」」 椎名誠『家族のあしあと』 澤田康彦

椎名誠『家族のあしあと』

本体価 1,300円
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「家族ほどはかなく脆く変動する『あつまり』はないように思う」「家族という、まあ基本はあたたかく強いつながりであるはずの集団は、実はあっけなくもろい記憶だけを残していくチームなのだ」と、椎名誠は繰り返し書く。

「集英社かぞくものシリーズ」と、ぼくが勝手に呼ぶ(『青春と読書』『すばる』連載の)私小説群の最新作は、このテーマが前面に押し出された。

 この一連の作品は、一九八五年、小説とエッセイのあわいから生まれ出たような『岳物語』や、その後の『大きな約束』『三匹のかいじゅう』など、子や孫との明るい騒動記が有名だが、ほかにも『麦の道』の熱血高校生時代、『菜の花物語』『さよなら、海の女たち』の働きざかりの時代、『春画』『かえっていく場所』の陰翳を帯びた壮年から老境にはいる時代……と、味わいも匂いもかなり異なる珠玉の自伝的小説が居並ぶ。

 とりわけ近年、そこに浮かび上がるのは、“かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしのない”『方丈記』のごとくの家族の形、諦念に近い無常感である。

 今回の『家族のあしあと』で目を向けられるのは、自身の生誕から幼〜少年期。著者はあとがきで、『エイリアン』のリドリー・スコットが後年撮ったエイリアン創世の話『プロメテウス』にヒントをもらった、とうそぶきつつも、「我が一族でぼくより歳上の兄弟は、異母兄弟も含めてどんどん他界し、もちろんその前に母や一緒に暮らした叔父や叔母も死んでいる。残るは八十歳を超えた姉と六歳下の弟だけになってしまった」「そういうことを少しでも記録しておくのがこれからの自分の仕事であるような気もしている」と動機を綴る。

「『岳物語』の岳君ぐらいの年齢のときが自分にもあったわけだ。その自分はいったいどういう時代をどう生きたのだろうか」とも。

 著者は現在七十三歳。一九四四年、終戦前年生まれだから、すなわち戦後史をそのまま生きてきた存在で、その家族物語は、昭和の風のなかにいた多くの日本人の体験、思い出と重なるだろう。

 第一話「むじな月」を皮切りに、そのタイトル通りの、ありやなしや、見えるような見えないような、人をだます月のように遠くおぼろにかかる記憶を、真摯にたどり、惑う著者の姿に共感を覚える。

 四歳までいた世田谷の五百坪のお屋敷から、なぜか千葉の山奥・酒々井に、そして海辺の町・幕張へ。

 山を駆け、木登りに興じ、海で遊び、暴れた少年。彼が山幸彦でも海幸彦でもあるのは、こういう出自、育ちがあったわけだ。ついでにいうとケンカ上手なのも(本書では人生初めてのケンカについても語られる)。

 主人公の「ぼく」は、父の二番目の妻である母から生まれた四人兄弟の三番目。ほかに異母兄弟や、叔父や叔母が出入りし、「何人住んでいるのかわからない」家だが、「たくさんの複雑な事情があって、簡単にはその『構造』や『いきさつ』を知ることはできないし、また安易に歳上の兄や姉などに聞いてはいけないような空気」があった。

 動的であったり静的だったり、幕張の海が見せる四季、地元の人間たちの営みを背景に、家族のもどかしい謎を徐々にひもときつつさざなみのように物語が進行する。

 全十三話を通して強く感じるのは、「ぼく」が小学五年のときに病気で死んだ父を探り、求める少年のうぶな視線だ。「なぜ父は世田谷の大きな家を出て」「(田舎に)ひっこんでしまったのだろうか」。終始寡黙で、「ぼく」とは触れあうことがなかった父。

「父と一度でも釣りができたらきっとぼくが仕掛けづくりとかこの川の釣れるポイントなどを教える係になれただろうな、と悔しく思った」

 学芸会の『三年寝太郎』で、ものすごく受けた自分を見に「母と一緒にきて貰いたかった」と少年は思う。

 漂う喪失感や孤独感、さびしさ。いや、しかし、だから幸福の瞬間が輝くのだ。

 白眉は八話目「蟹をたべなさい」。亡くなる少し前、急に父から「これから買い物にいく。ついてきなさい」と声がかかった。着いた先は市場で、父がガザミ(ワタリガニ)をごちそうしてくれた。いつもは遠慮がちだったぼくだが、三匹も食べた。「うまかった」。章題はそのときの父の唯一の言葉だ。

 つくづく椎名誠は、幸福を求め、そのさまを見せてくれる名手だと思う。

 初めて海岸にきたときについてはこう。「『海の家』が並んでいた。「ちどり」「かもめ」「みなみ」「いそしぎ」などという屋号で、どれも丸太を柱にした造りの大きな建物だった」「小さな生物がまだしっかりとたくましく自分たちの世界を作ってそこいらじゅうに生きている海が広がっていた」「小さな人生のうちでもっとも大きな興奮を体感していた」「もし今なにか真剣なインタビューなどがあって『あなたがこれまでの人生でもっとも感動した瞬間は?』などと聞かれたら躊躇なくこのときのことを語るだろう」

「瓦屋根の上にナナメになって寝ると雲が動いているときなど自分が斜めあおむけになって空を飛んでいるような気分になり『世の中にこんなに気持ちがいいことはない』などと思っていた」

 家族との食事のシーンについてはこう。

「家族全員と叔父、叔母のそろった食卓は賑やかで、楽しかった。いまはもうその楽しい会話の断片さえ記憶にないのだが、こんなふうにして家族が全員そろって、あれやこれや言いながら、そして絶えず笑いながら一緒にごはんを食べる、という情景は人生のなかでもかなり上等な至福の時間であったのだろう、と思う」

 家族はうつろう。だが、人生のところどころで確実に美しく輝く瞬間はある。

 たったひと言だけれど、「蟹をたべなさい」と言ってくれた父がいた。その思い出があれば、人は生きていける。

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