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「闇と光をつなぐもの」小林エリカ『彼女は鏡の中を覗きこむ』 阿部公彦

小林エリカ『彼女は鏡の中を覗きこむ』

本体価 1,300円
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 本書に収められた四つの作品に共通するのは、乾いた崩壊感覚である。決してウエットではない、陰鬱でもよどんでもいないのだが、たしかに闇がそこに口を開けて待っている。それをシンプルかつ明瞭な言葉で語ることをこの著者は選択した。

 作品集の中心にあるのは、中編「宝石」である。地下鉄大江戸線の工事現場の穴を基点に始まる物語は、現代と過去を行き来しながら一家の歴史をたどりなおす。感傷的な先祖譚にはならない。あくまでシンプルに語られる物語は、おぼろな陰影よりも鮮やかな明暗の対比が印象的だ。

 癌を患って放射線治療を受けたばかりの母と、その快気祝いをかねラジウム温泉を訪れる姉妹たち。湯に入るとき、母が指に嵌めた指輪を外さない。これがちょっとしためくばせになっている。宝石と放射能。一見、結びつきそうにないこの二つのアイテムが時をこえてさまざまな人々の人生をつなぐ。「ダイヤモンドにはラジウムをあてるといい。本物か偽物かすぐわかる。」大きな宝石商の家に生まれた祖母の富美代は、自分の母からこの言葉を聞かされて育った。ところがその祖母が残した宝石はまさに偽物。しかし、実は偽物の宝石づくりにこそロマンが秘められていた。

 現代を生きる「私」の目が、タイトルにもある「鏡」を媒介にして、祖母の視線をなぞる。ノスタルジアと呼ぶにはあまりにも鮮明な過去の記憶が展開し、昭和天皇と大正天皇の死が併置される。ラジウム温泉に残された和泉式部にちなんだ石。地底へと続く穴。さまざまな装置がからみあいつつ宝石がその意味を明らかにする。

 交わった女たちに命を与える「石英」という男が象徴するように、「宝石」は死に寄り添った作品だ。しかし、生死のいずれをももたらす放射能と同じように、死そのものは恐怖でも快楽でもなく、ただ無言で口をあけて待っている静かな闇である。

 併録の「SUNRISE 日出ずる」では原発を太陽の代替物にしようとしてきた現代という時代が、ある女性の人生とともにふりかえられる。「シー」に出てくる「目を見えなくする薬」はまさに闇の快楽を提供。「燃える本の話」は木も本も失うことになる人類の行方を、燃えさかる炎の元に見据える。それにしてもみな〝女系〟の物語である。世界をつないできたのは祖母、母、娘という女の系譜だったのか。男性的な理性信仰を回避しつつ、闇への鋭敏な感受性をもった著者が、光への畏れを表現する作品集として読んだ。

「すばるから生まれた本」書評

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