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「「皇帝ペンギン飼育係り」日本脱出す」高橋三千綱『さすらいの皇帝ペンギン』 清水良典

高橋三千綱『さすらいの皇帝ペンギン』

本体価 1,600円
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 南極探検をしてみたい、と一度も思わなかった人はいないだろう。南極はエベレストの頂上と同様、地球最後の秘境である。四年前の前著『猫はときどき旅に出る』で南極を目指したものの、目前で座礁の憂き目を見た酔いどれ作家「楠三十郎」に、再びチャンスが訪れた。

 五年前の自主映画製作の失敗で巨額の借金を抱えて以来、テレビに出演し、ゴルフマンガの原作やコラムを書きまくっている三十郎だが、近く始まる新聞小説連載に作家として起死回生の意欲を燃やしていた。そこへ水を差すように、テレビ局と新聞社のタイアップで、南極レポーターの仕事が舞いこむのだ。じつは断った他の作家の代役と分かり、ギャラも値切られていたが、南極の夢を目前にしては仕方がない。

 慌ただしくチリ南端のプンタアレナスに入るが、そこで立ち寄った老婦人の営む店の孫娘から南極に返してほしいと皇帝ペンギンの雛を預けられる。親から見捨てられたらしい雛は、餌も食べず衰弱している。地球上で最も過酷な南極で、親とはぐれた雛は死ぬよりない。「コドク」と命名した雛を連れての冒険がこうして始まる。

 学歴を鼻にかけた傲慢な新聞記者が、見事なまでの悪役ぶりだ。対照的に南極に魅せられた者たちの、国籍や人種を超えて協力し合う精神は気高く逞しい。ことにタロとジロのいた南極越冬隊をはじめ、南極体験十四度という村川隊長の豪傑ぶりはじつに魅力的だ。

 人の心をすぐに掴んで友人になる三十郎は、予定外の冒険をどんどん破天荒に実現してしまう。孤独で退屈なはずの極地の時間を目一杯楽しむ彼を、村川隊長は「天才」と讃える。だがそんな三十郎も、窮屈な日本の市民生活に飽き足りない一匹狼である。だからこそ皇帝ペンギンの「コドク」に心を寄せる。そんな彼に懐くようになった「コドク」は、氷原の仲間のもとに帰れるのか――。

 本書を読んで、戦後の前衛短歌を象徴する有名な歌を思い出した。

 日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係りも 塚本邦雄

 三十郎はまさにこの「皇帝ペンギン飼育係り」のようだ。本書の舞台はバブル期の最中の一九八七年から翌年にかけてである。当時も今も、日本人はどんなに金を持っていても貧しく見える。痛快な読み物ではあるが、不敵な三十郎の眼差しには、狭隘な枠組みに縛られた日本に対する抜身の刀のような厳しい批評が底光りしている。

「すばるから生まれた本」書評

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