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「物語りの怪物」瀬戸内寂聴『求愛』 佐々木敦

瀬戸内寂聴『求愛』

本体価 1,300円
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 著者初の掌編小説集。三十編が収められている。まず感嘆するのはストーリーテリングの鮮やかさとヴァラエティだ。一人称もあれば三人称もある。語り手の設定も三歳の男の子から著者と同年代の九十二歳の老女まで異様に幅広い。書簡体もあれば電話からの声もある。共通するのはギリギリまで切り詰められた文章の簡潔さ。これ以上は不可能だと思われるほどのシンプリシティ。しかし語られていることは複雑で、描かれているものはおそろしく深い。

『夫を買った女』の突然の交通事故死によって不倫相手の男が知らされる隠された真実。過去の傷のせいで新たな恋を受け入れ切れないでいた女が『サロンコンサート』で目撃する光景。「本土の最果てに近い村」でひとり目立つ『赤い靴』の女の行状。「ぼく」がママに捨てられた『その朝』の出来事。表題作は、高齢の建築家の南米コロンビアでの「最後の大仕事」を密着取材するために二ヶ月間、日本を離れる五十一歳の記録映画作家が、高校の同級生で、新幹線の中で偶然再会してから中途半端につき合ってきた女に書き送る『求愛』の手紙。本誌掲載時にネットで話題になった『さよならの秋』は、SEALDsのデモに参加して目覚めた「春香」が、グループに好きな人が出来たからと彼氏の「瑛太」に送った別れのLINEである。どれもこれも、劇的と言っていい物語を持ち、それとは矛盾しない強烈なリアリティがある。つまり著者がこれまで書いてきた数々の小説群と同じ強度を、その短さにもかかわらず備えている。

 ショッキングな結末にも事欠かない。著者らしき「ハァちゃん」にふとかかってきた、おない年九十一歳の同窓の女からの『夜の電話』では、七十年以上昔の戦争時、ふたりが所属していた女学校陸上部の若い男性教師への淡い恋心を語る思い出話かと思いきや、ドキリとさせられる告白があっさりと口にされる。『恋文の値段』では、六十歳を超えた女性エッセイストに、関係をひた隠しにしたまま何年も前に死んだ昔の情人の息子から、認知症を病んだ末に亡くなった母親の遺品から見つかったといって、彼女がかつて男に書き送った山程の恋文を買い取って欲しいと電話がある。だがラスト三行はあまりにも衝撃的だ。同じく切れ味抜群の「最後の一撃」を持つのが『どりーむ・きゃっちゃー』。深夜、女と寝ていた「おれ」に、九十一歳の「栞」から電話がかかってくる。この結末を予想出来る者はたぶん誰もいないだろう。私も驚愕した。寂聴は物語りの怪物である。

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