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「平凡な日常こそが放つ輝き」佐川光晴『大きくなる日』 加藤裕子

佐川光晴『大きくなる日』

本体価 1,500円
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「きょうは、ぼくたち、わたしたちの卒園式です。サクラ組になって、いろんなことがありました」で始まる「サクラ組による、おわかれのことば」。卒園式の定番とも言えるスピーチを追ううち、思わず涙があふれて止まらなくなる。幼児が発する限りなくシンプルな言葉に、これほど人の心を動かす力があるとは。

 そんな日常の光景のまぶしさにあふれた『大きくなる日』は、平凡な日々の尊さを伝え続けてきた佐川光晴の、まさに真骨頂をなす連作短編集である。各話の主人公はそれぞれ異なるが、全編を通じて核となるのは、ごく普通の四人家族ながら周囲から一目おかれている横山一家だ。天性の人気者である太二、四つ違いの姉で優等生の弓子、看護師として働く母、そして多忙な第一線の会社員であっても、いざという時には頼りになる存在の父。物語は、太二の保育園卒園式を描く「ぼくのなまえ」から第9話の太二の中学卒業まで、横山一家と彼らの周囲の人々の「成長」を綴っていく。

 ドラマチックなことなど何もないような日常の暮らしにも、大小の波風が起こり、穏やかな日々は乱される。突然倒れた祖母の介護をめぐる家庭内の不協和音、少年サッカーチームに流れる不穏な空気、部活の決め事に端を発した揉め事、受験をめぐる母親同士の神経戦……傍目には普通のことかもしれないが、当事者にとっては「一大事」のトラブルだ。横山家でも、中学生になった弓子が家出をし、父は突然会社員を辞めて豆腐店に転職するなど、けっしていつも平和というわけではない。隠してきた想いが何かのきっかけで表にさらされれば、否応なしに心は傷つけられる。だが、その痛みから生まれてくるものをまっすぐに受け止めて、子供も、そして大人たちも人として「大きくなる」のだ。

 平凡な日常をけなげに生きる登場人物たちに深い共感を誘われるのは、自らも家庭生活を担ってきたこの著者ならではの細部の描写に負うところも大きい。最終話「やっぱり笑顔」で、太二たちの母である仁美は、息子の卒業式と謝恩会に臨む朝、大急ぎで掃除機をかけ、夫の朝食を準備し、貴重な晴天を無駄にすまいと大量の洗濯物を干しに行く。朝のベランダで、息子の汗が染みこんだジャージを手に仁美はしばし感慨にふけるのだが、忙しく走り続けてきたこれまでの日々と子育てを終えた後の自分に向き合うその姿から、彼女の人生の充実がにじみ出るようだ。日々の暮らしの一コマの輝きを凝縮させた、名場面である。

「すばるから生まれた本」書評

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