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「いちばん近くて手ごわい敵」山崎ナオコーラ『反人生』 倉本さおり

山崎ナオコーラ『反人生』

本体価 1,400円
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 反体制。反権力。反社会。

 プロテストの言葉はたいてい威勢がいい。なぜならそのベクトルの大きさは「反」の後に続く言葉、つまり抗う対象の大きさにそのまま比例するからだ。けれど対岸にいる相手の姿を確かめる作業を怠れば、質量はそのままに実体を失い、ブラックホールのように剣呑な代物と化す。

〈「人生作りには、興味がない」〉

〈「むしろ世界を作りたい」〉

 表題作は五十五歳のヒロイン・萩子がこう高らかに宣言する場面で幕をあける。夫を亡くして以来、気ままなひとり暮らしを営む萩子は〈人生〉という言葉を嫌悪し、目に映る一瞬で構築された〈頭の中の世界〉にこだわり続けている。では、彼女にとっての〈人生〉とは、〈世界〉とは、いったい何を指しているのか?――読者は萩子の姿を通じて、普段何気なく用いている茫漠とした言葉の意味を改めて確認させられることになる。

 萩子は〈物語〉を忌避し、常に〈世界の傍観者〉でいることを望む。だが〈みんな〉など存在しないのと同様、〈みんな〉の外側にひとりだけ立つこともまた不可能なのだ。大切な人を巻き込んでしまった苦い出来事を経て、自らの言葉の矛盾に気づいた萩子は、他者と共有できる〈世界〉があること――つまり〈人生〉の一端をようやく認めるに至る。

「越境と逸脱」では、大学生の大沼とふたりの男友達という、タイトルに比してごくごく卑近な関係性が描かれる。女性の大沼から見ると彼らの姿は、同世代の女子が縛られているモラル、つまり〈社会〉が要請する価値観から外れた自由な存在として映る。だからこそ末永い友情を熱望するのだが、就職して数年が経った頃から関係に齟齬が生じてしまう。原因は彼らが〈社会〉に組み込まれたからではない。そもそも大沼が〈社会〉の中身を確かめないまま、彼らを規定して願望を押し付け、勝手に失望したからだ。

 一方、「社会に出ない」では、タイトルからありがちな内向きニート小説を思い浮かべた読者の固定観念をさらりと裏切りつつ、〈社会〉という言葉が持つ不穏な重力の正体を日常レベルに溶かし込んで暴き出す。つまり本作が試みようとしているのは、言葉という、人びとの内側で構築される根源的なシステムへの反駁なのだ。

 言葉は、いったん派生し、独立すると、たちまちそこに安住し、対象化され、自身を覗く機能を喪失してしまう――『反人生』と大きく銘打たれたこのユニークな作品集には、いちばん近くて手ごわい敵に対する山崎の鋭敏な問題意識がぱんぱんに詰まっている。

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