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「今とここにあるディストピア」赤川次郎『東京零年』 髙橋敏夫

赤川次郎『東京零年』

本体価 1,900円
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 すぐれた近未来物語とりわけディストピアものが、わたしたち読者につきつけるのは、未来ではなく「今」だ。どうにも逃れがたい既視感を連鎖させる「今」。物語は近未来において今を濃縮し提示したうえで、近未来というわずかな時間的猶予をも容赦なく剥奪し、読む者を喫緊の今へ今へと執拗にさしむける。つい先ごろも、三・一一以後の社会、時代閉塞をとらえた吉村萬壱『ボラード病』がそんな近未来物語に加わった。

 赤川次郎の長篇『東京零年』(本誌連載、二〇一二年四月号〜二〇一四年九月号)は、監視社会、警察国家の暗黒をめぐる最新のディストピア小説となっている。

 近未来の日本。権力の中枢にいる生田目検事と、反権力のジャーナリスト永沢との過去の熾烈な争いを背景に、生田目の息子健司と永沢の娘亜紀とが偶然出会えば、たちまち権力の黒々とした迷宮を経巡るサスペンスフルな旅がはじまる。そして幾多の惨劇をくぐりぬけたとき、手を携え歩む二人は――物語巧者赤川次郎ならではの、読者をいささかも飽かせぬめりはりのきいた作品といってよい。

 読者は主にこの四人に導かれ警察国家の近未来に次つぎと直面する、そんな趣向なのだが……。「すべての関係者の生活を、隅から隅までつかんでおける」という監視システム。「今、TVも新聞も、警察発表以外のことは一切報道しない」というマスコミのあり方。また、監視カメラが人を追い、ケータイは電池パックを外さない限り人の居場所を教える。弱い者がさらに弱い者をヘイトし攻撃する。こんな近未来は、わたしたちの今とほとんど地続きではないか。政治状況についてもまた同じ。かつて警察組織に深く関わりながら、暴走する組織から逃れた男の「やり過ぎれば、必ず反動が来る」という言葉を肯いつつ、元刑事は思う。「確かに、日本がこのまま警察国家になって行くことを、アメリカなどは快く思っていない。元はといえばアメリカ追従の政権が続いたせいなのだが、日本は形だけでも民主主義が機能しているように見せることさえしなくなっている」。

 赤川次郎は連載中、警察国家および戦争国家の破滅的なパラダイスに向けひたすら暴走する現政権の、物語への猛追を感じつづけたはずだ。それが温厚な作家の怒りを増幅させ、いっそうの闘志をかきたてたことは想像に難くない。

『東京零年』は、逃れがたい既視感を連鎖させて、読者を今との抗いにいざなう、新たな出発の物語である。

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