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「人生を選び取るということ」金原ひとみ『持たざる者』 瀧井朝世

金原ひとみ『持たざる者』

本体価 1,300円
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 四年前。震災後の原発事故に関して多くの情報が飛び交い、それに対する人々の反応もさまざまだった。あの頃、身近に感じていた人と意外にも意見が合わず、相手を遠くに感じた体験は誰にでもあったのではないか。あの出来事は、親しい人々との断絶を表出させた。人と価値観や人生観を共有することの難しさを、再認識させたのだった。

 金原ひとみの最新長編『持たざる者』は原発事故から二年後の世界を生きる四人が視点人物となる。彼らを通して、震災後の世界の人々の心の揺れが、丁寧に浮き彫りにされていく。

 東京に暮らすデザイナーの修人は、幼い娘を少しでも放射能から遠ざけるため母娘で関西に移住するよう提案、妻から猛反発された挙句に離婚。今は仕事への意欲を喪失している。そんな修人と一時帰国中に再会する千鶴は、夫とフランス暮らしを経て、現在はシンガポール在住。幼い息子を突然の病で亡くして以降、世界が変わったと感じている。千鶴の妹でシングルマザーのエリナは事故後にすぐに娘を連れて東京から沖縄へ、さらにイギリスへ移住。エリナがロンドンで知り合った朱里は、夫の海外赴任が終わるため一足先に娘と帰国するが、夫の両親と建てた二世帯住宅を義兄夫婦に占拠されており、憤懣やるかたない状態だ。

 人によっては相手の生き方を否定的に見ている。たとえばエリナは朱里のことを「自分の人生が旦那と旦那の親によって最悪な形に決められていくなんて、なんか悲惨すぎない?」と陰で言い、朱里は自由なエリナを多少羨む節はありつつも「適当に生きてる」と見下すように言う。それくらい、価値観や人生観の異なる人々が主人公となっているのだ。

 しかし彼らには共通点がある。みな、大切な何かを奪われ、あるいは自ら捨てて“持たざる者”になっているのだ。そしてもうひとつ、彼らは自ら自分の人生を選ぼうとしている。傍から見ればその時の気分で行動しているようなエリナも、常に夫ら家族の都合に従っているように見える朱里も、本心を覗き見れば、自分の意志でそうした人生を選び取ってきているのだと分かる。

 それぞれが胸の内に葛藤や心細さ、無力感を抱く姿は痛切ではあるが、それでも、自分の人生を肯定して進もうとする姿は痛快でもあり、頼もしくもある。水底まで沈んでいった“持たざる者”が、底を蹴って浮き上がる時に見せる脚力の強さがほの見える。選ぶ責任を背負った人々は、逞しい。

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