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「諦念と愛着」足立陽『島と人類』 陣野俊史

足立陽『島と人類』

本体価 1,300円
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 一か月ほど前、都内の某私立大学で非常勤講師が学内で全裸になったことがあった。この小説を読んでいた私は、主人公・河鍋未來夫の説く怪しげなヌーディズムに心酔した人間が現われたか、と心躍ったのだが……事情は違った。残念!

 第38回すばる文学賞を受賞した足立陽の『島と人類』は、東大教授・河鍋が講義室で独自のヌーディズムを説き、全裸になる場面から始まる。彼は教授のポストを失う。妻マリアは人類学の研究者。ボノボ(コンゴ川左岸の熱帯雨林周辺にのみ生息する類人猿)のアムニとともに数年前、家を出ている。マリアの弟子だったミチ、週刊誌に写真を売るために河鍋のマンションに張り付いていた田原、そしてアイドルの桃ノ木花音ことアキヨ。河鍋はこの三人と一緒に、マリアのいる南海の「島」を目指す。そして、その「島」(ゴチで表記されている)というのが、日本と中国との間にある、そう、問題のあの島なのだった……。

 ヌーディズムに関して言えば、伊井直行の『ヌード・マン・ウォーキング』を思い浮かべる人もいるだろう。また、「島」をめぐる小説ならば、桐野夏生『東京島』やミシェル・ウエルベック『ある島の可能性』を想起する人もいると思う。読む前の私はまさにそうだった。

 だが予想は見事に裏切られた(ウエルベックとは少し似ている)。この小説は二つの近くにある領域が接触した際に生まれる僅かな空白、その空白の新たな領域を目指して、迷走する人々を描く。ユーモラスに、衒学趣味もちらつかせて。

 研究者でありながら、ボノボを愛してしまい、新しい人類の誕生を実践しようとするマリアはその最たるものであり、今は扇情的な写真を撮る側でありながら、かつては可愛いお尻を出したCMで国民的人気を誇った子役だった田原も、撮る/撮られる二つの領域の間にいる。むろん日本と中国の間にある「島」も。

 どんなに「間」を探したって見つかりっこないよという諦念が小説の底に流れている。ただ、それでも「間」を探求するドタバタ劇を著者は愛している。ここがこの小説のクールなところだ。

 終盤、ピンク色のクルーザー、「ピンキーホープ号」で「島」を目指すあたりから物語は加速する。行け! ピンキーホープ号! と小さく叫びたくなる。国と国がジリジリと対峙するオーヴァーヒートした「島」に近づく、阿呆としか言いようのないピンク色の船。しかも乗っている二人は全裸! 私も著者の術中にはまっている……。

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