すばる最新号  >  書評一覧  >  キッチュな笑いを生む小説という錬金術 金城孝祐『教授と少女と錬金術師』 神田法子

「キッチュな笑いを生む小説という錬金術」 金城孝祐『教授と少女と錬金術師』 神田法子

金城孝祐『教授と少女と錬金術師』

本体価 1,200円
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 単に爆笑しながら読んでいいと思う、キッチュでバカバカしいエピソードが次々に繰り広げられるこの小説は。急速にボケが進行する大学教授が、ハゲた頭からきのこを生やしながら意味不明のことを叫びついには翼をはやして昇天してしまったり、異常なまでに魅力的なハゲの中年男が、その魅力を主人公に教授すべく自宅に呼び狭いユニットバスに二人で入ることになったりと、油の研究がしたいだけの大学生を不条理な事態が襲う。一見デタラメなこの小説は、でも意外と正統的な世界観の作り方がされていたりもする。

 冒頭で完全なるものとは何かと問い、美術研究家ラングレの言葉を引きつつ、十五世紀の画家ヤン・ファン・エイクの錬金術に言及したかと思いきや、*一つで、場面は現代の横浜に移る。いきなり「放火してやる!」と叫ぶ女・幸菜は、主人公の久野に水を売ることに執着し、かつてこの部屋に土をもたらす要因を作った。そして窓からは東風が吹く。火、水、土、風の古代ギリシアの四大元素が揃い、ここに一つの世界が誕生する。

 さらに大学や薬局や川崎や横浜の街を舞台に、油や光をめぐってさまざまな出来事が起こり、現代の錬金術を描出していく。ベタな解釈だが言葉=小説こそがあらゆる物質と輝きを作れる錬金術だといわんばかりに、異質なものが突然に登場してくる。その本質を凝縮させた存在が少女・荻であろう。荻の錬金術は詩のような不思議な言葉を伴う。彼女が最も不安定な状態で錬金術を操った際の言葉を拾うと「唇と舌でつむぐ音」「ぬくもり」「花の香り」「やさしい味」「尽きない光」と五感すべての表現があることに注目したい。錬金術の本質的なものは世界との接触の仕方だという錬金術師・楊の言葉に照合すると、彼女は五感フル活用の全身で世界に接触していたのだ(たった一つの欠落を埋めるために)。彼女のデタラメな言葉は完璧に美しい小説だと言えるだろう。最後に赤い帽子の楊の正体に気づくと、錬金術で時空をも超えられると読者は知る。まさに何でもありだが、それこそ錬金術=小説のなせる技だ。

 余談だが、本作とほぼ同時に新潮新人賞を受賞した「太陽」(上田岳弘)にも教授と錬金術師が登場するが、錬金術が金を作り出すだけの術でないという考え方は共通するものの、錬金術や知へのアプローチはまったく異なる。しかし文学における同時多発現象がこんなにも近くで起こったことは、神による何らかのメッセージが込められているようで面白い。

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