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「「生」の輪を回し続ける女の欲望」 髙樹のぶ子『香夜』 山本圭子

髙樹のぶ子『香夜』

本体価 1,500円
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『香夜』の「香」の意味を改めて調べてみた。よいにおい、つややかな美しさ。四つの章を通して描かれるのは、それらをまとった夜に死期近い流奈が脳内で繰り広げる、忘れられない人たちへの思いだ。虚実の境界線を越えて流奈が執着するのは、「運命、輪廻、因果、あらゆる力にまずは屈する」彼女が出会った特異な人たちであり、離れざるを得なかった人たち。それは流奈にとって彼らへの憧れや違和感、愛憎だけが〝生の手ごたえを感じられるもの〟だったからではないだろうか。

「霧雨に紅色吐息」で流奈は、狡猾な金魚・銀紅とともにふるさとに戻り、昔関係を持った医者の澄人に会う。実は銀紅は彼との因縁から生まれた存在。流奈は澄人に復讐しようとするが、今回も彼の意図から抜け出せない。かつてふるさとで特別な存在だった美しい男を憎みながらも、彼の標的となり孕まされた過去を無にしたくないらしい。

 そんな彼女を姉の志図から見ると、「あんたは執念深いし諦めが悪い」ということになる。「カダケスの青い小箱」で流奈は、結婚前は「誰もが認める美人で自信家、努力家でもあった」姉とスペインへ向かう。なぜならそこは志図が画家の夫と暮らした場所だから。異国を旅しながら流奈が感じたのは、自分とは違う危うさを抱えていた志図の滅びの予兆だったのではないだろうか。

「猫に雪茸まろびつ濡れて」に現れるのは得体の知れない大人になり、北陸で暮らす息子の千。彼の生きにくさを自分のあやまちのせいと思う流奈は、そのことを暗示しているようなキノコと猫の因果話の中に閉じ込められそうになる。しかし、千とその娘・星子のためにあやまちの連鎖を食い止めると誓うのだった。

 三つの旅を経た最終章が「桜ふぶきいのちの宵闇」。ここで初めて流奈が幼い頃隣家のタミの死に関わり、それが彼女の人生を左右したらしいとわかる。娘の百の交通事故死をタミとの関連で考えてしまう流奈。その呪縛は、どんな理屈にしろ自分で納得しない限り永遠に解かれることはない。

 物語の最後で病院を抜け出し、タクシーで逃げる流奈は、若返りして怖いものなしの女に。呪わしい男を殺したかと思えば、すぐさま好みの男と交わろうとする。その姿はまるで舞台に立つヒロイン。月の輪や観覧車が回り続けるように、女が「生」をつなぎ続けていくことを見せつけているように思えた。

「すばるから生まれた本」書評

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