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「小説的想像力の魔法」 原田マハ『ジヴェルニーの食卓』 江南亜美子

原田マハ『ジヴェルニーの食卓』

本体価 1,400円
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 二〇世紀初頭のパリをピカソらとともに生きた画家アンリ・ルソーをフィーチャーした、幻の未公開絵画と古書を巡るミステリー小説『楽園のカンヴァス』で高い評価を受けた著者が、その執筆と相前後して手がけたのが、もうひとつの美術小説であるところの本作である。より日本人になじみ深いマティスや、一九世紀末に活躍した「印象派」の画家たち、ドガ、セザンヌ、モネが登場。新時代の美に向き合い、戦いを挑んだ彼らの人生の断片が、一枚のタブローのように、一篇ずつに描かれる。

 第一篇「うつくしい墓」は、二一世紀に入ってから、ある老女が「ル・フィガロ」記者相手に若き日の思い出を問わず語りに語る。戦争孤児となりやがて家政婦の職を得たこと、二一歳の夏、マダムからのお使い先でひとりの画家と運命的な出会いを果たしたこと。その画家こそがマティスであり、いかにして彼が社会情勢の殺伐たるムードのなかで花や陽光など色彩豊かなモティーフを描き続けたかを、彼女は懐古するのだ。

 あるいは表題作では、モネの代名詞といえる「睡蓮」の連作がどのようにして晩年の代表作となったかが、義理の娘ブランシュの視点から語られる。他に、女性画家カサットはドガの狂気じみた情熱を告白し(「エトワール」)、画商の娘の書いた書簡の束はセザンヌの人となりを浮彫にする(「タンギー爺さん」)。このように四篇の語り口は、七変化ならぬ四変化を見せる。まるで画家がそれぞれ異なる絵肌で自己表出したのに合わせるように。

 画家の身近にいた(とされる)女性たちの目線から物語が紡がれることで、虚実がないまぜになっていくさまは実にスリリングで心躍る。モネのために妻と娘が用意し続けた愛情あふれる食卓、マティスの死に際にピカソが抱いた感慨、カサットからドガへの秘めた思い……。

〈目覚めて、呼吸をして、いま、生きている世界。この世界をあまねく満たす光と影。そのすべてを、カンヴァスの上に写し取るんだ〉

 美術史や評伝などの「史実」からは到底みえてこない彼らの心情や行動は、もちろん「検証」不可能性のなかにある。しかし本書は小説という形式だからこそ許される特権――それは小説的想像力というひとつの魔法だ――を用いてビビッドに画家たちの「生」を活写する。この魔法にかかった私たち読者は、たとえば直島の地中美術館の睡蓮の部屋に佇むとき、モネの苦難多き人生をつい想起せずにはいられないだろう。絵画によりそう物語。もっと続きを、とねだりたくなる一冊だ。

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