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「ドス黒い感情がこみあげてくる」 新庄耕『狭小邸宅』 安藤美冬

新庄耕『狭小邸宅』

本体価 1,200円
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 なんて後味の悪い小説なんだろうか。続きはないのかと、最終ページの裏表を何度も確認してみる。胸が嫌な感じにドキドキと高鳴る。ああ、嫌だ。せっかく独立を果たした私は、自分に自信を持って生きているつもりだったのに。

「狭小邸宅」の主人公、松尾は恵比寿に本社を構える不動産会社に勤務する新人サラリーマン。名門大学に入学するも、行き着いたのは不動産営業。学歴も特別な能力もいらない。家を売って売って売りまくるのが評価のすべてという世界だ。ここで成り上がった上司が、部下に浴びせる言葉と暴力の描写には舌を巻く。

「お前は売れない」と罵倒され続けて来た松尾に転機が訪れる。「蒲田の狭小住宅」。それは、社長が総会で「どうにかして売れ」と怒鳴っていた物件だった。売りさばいた瞬間、松尾を取り巻く周囲の扱いが変わる。「伝説の営業マン」豊川課長の下で頭角を現していく松尾。戸建住宅を売るためのシナリオを頭に叩き込み、「まわし」を見せながらじわじわと客に「本命」の購入をしむけていく営業シーンも圧巻だ。一度でも不動産営業をかけられた読者であれば、「お客さん、騙されるなよ!」とつい心の中で叫んでしまうに違いない。

 読み進めていくうちに、「直面したくない自分」を突きつけられる。家が売れるたびに高級な靴や時計を身につける松尾。心のどこかで贅沢に憧れる自分の顔がパッと浮かぶ。成功するにつれ断定的な思考や物言いをするようになる松尾。「特別でありたい」と密かに願う自分が引っぱり出される。名門大学出身という「プライド」と、不動産営業の「後ろめたさ」との間で揺れ動く松尾。ここで、頬を叩かれたような気がした。どこかで「優越感」を感じながら、単なる一介のフリーランスという立場に「不安」が隠せない現実が露になった。ああ、自信を持って生きてるんじゃなかったのか、自分。

 こうした欲望をきれいな布に包んで、普段、何食わぬ顔をして生きていればいるほど、ドス黒い感情が頭をもたげるに違いない。あなただって例外ではないのだ。

「狭小住宅」は、都会ならではのシロモノである。小さな土地を最大限生かすように建てられる家は、間口が狭くて縦に長い、通称「ペンシルハウス」。それでも、価格は数千万。東京人からしたら夢の邸宅だ。狭小住宅に労働者の姿が重なった。まるで、満員電車で身を縮めるサラリーマンみたいだ。ちっ、また嫌なこと考えちゃったな、とモヤモヤしながら私はもう一度最初のページをめくる。

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