すばる最新号  >  ブックガイド「近代日本の文芸批評を知るための40冊」

ブックガイド「近代日本の文芸批評を知るための40冊」

文芸批評を知るために、明治から現代まで──
現在、批評家として活躍する3人が選んだ、
いま読んで欲しい40冊。

選者:杉田俊介/藤田直哉/矢野利裕

山城むつみ『文学のプログラム』(講談社文芸文庫)

 文芸評論は他人の言葉を「読む」ことからはじまる。これは当たり前に思える。しかし、本当にそうか。理論的読解や解釈ではなく、目の前にあるテクストをひたすら〈ただ読む読み方で読み通す〉こと。その強靭な姿勢。不気味な執拗さ。それが山城の批評の絶対的な生命線である。テクストを「ただ読む」ことは、そのまま、一つの驚くべき人生の倫理になりうるのだ。実際に我々が山城の批評を読むとは、目の前の他者の言葉=テクストを己が今まで実は何一つ「読めていなかった」と思い知らされて、失語し、ひたすら途方に暮れることだ。そんな戦慄すべき文芸評論の書き手が、今、他に誰かいるだろうか。近年の山城はさらに、「テクスト」ではなく「世界」それ自体に向き合い、読むという原理を別の異形の何かに回転させるための、泥塗れの道をとぼとぼ歩みつつある。瞠目しつつ試してほしい。我々は山城むつみという人間の言葉をそもそも読むことができるのか、と。(杉田)

鎌田哲哉「知里真志保の闘争」(「群像」一九九九年四月号)

 一〇〇〇年に一度の、怒れる倫理の批評家。場当たりな情念の怒りと知里真志保の倫理的であるがゆえに知性的な怒りとを絶対的に区別した。鎌田を読むとは、わかりにくい彼の怒りに感情移入して共感することではない。逆に鎌田の怒号によって焼き尽くされる客体として「読まれる」ことだ。その全身火傷の激痛から、やっと、鎌田の言葉を読む日々がはじまる。だがさらに見つめよう。鎌田の一騎当千の怒りは、そのまま、自己欺瞞的な無残と疲弊に陥っていく(有島武郎論から近年まで、鎌田は自殺の問題に執拗に拘る)。石川啄木のくずっぷりを無視してその文学性や倫理を賞賛しても白々しいだけだ。ならば、一人の人間を見舞う怒りと弱さの分裂的共存を、その先で同時に生かし直す批評とは何か。鎌田にとって復活とは何か。単著は一冊も出していない。彼の批評文は極端に入手困難だが、入手してもそれを「読める」保証はない。その怒りと弱さの毒薬が人生を狂わすかもしれない。うかつに近づくことを万人には勧められない。(杉田)

「すばる」2017.6月号

「すばる」最新号

バックナンバー一覧へ

すばる文学賞

  • 応募要項へ
  • これまでの受賞者

投稿原稿について当編集部では、「すばる文学賞」「すばるクリティーク賞」への応募作品以外、原稿をお受け致しません。送られた原稿の返却、お問い合わせにはいっさい応じかねます。

すばるクリティーク賞

  • 応募要項へ
twitter@subaru_henshubu