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ブックガイド「近代日本の文芸批評を知るための40冊」

文芸批評を知るために、明治から現代まで──
現在、批評家として活躍する3人が選んだ、
いま読んで欲しい40冊。

選者:杉田俊介/藤田直哉/矢野利裕

大西巨人『大西巨人文選1 新生1946‐1956』(みすず書房)

 大西の評論を読むとは、我々の無意識の「精神の氷点」を深く鋭く測られてしまうことだ。大西が「俗情との結託」を批判したことは有名だが、これはたんなるポピュリズム批判ではない。「俗情」とは、誰の眼にも明らかな社会問題や不正とばかり戦いたがって、「自己および自己の仲間の性的・道徳的廃頽については無限に寛容または無感覚」になっていく自己免罪的な精神の繁茂のことだった。しかも他人事ではなかった。小説『精神の氷点』では、性的搾取や通り魔殺人をすら冷淡に実行しうる男の精神が、女の静かな自殺(そしてそれを報告する別の女の協働的な手紙)によって微かに動揺し、人生の「再生」という物語にすら孕まれる男性的暴力の欺瞞が露呈していった。また「真実」に基づく創造的生産への怪物的な情熱ゆえに、同性愛や知的障害や痴呆の問題は、後々まで大西自身の「氷点」であり続けた。文学者の真の孤高とは、こういうことなのだろう。一九五二年の大西の「俗情との結託」批判は、今も我々の心臓を深く冷たく測量し続けている。(杉田)

由良君美『椿説泰西浪曼派文学談義』(平凡社ライブラリー)

「すこしイギリス文学を面白いものにしてみよう」という名文句で始まる本書は、例えば柄谷行人的な「内省」とは違った、飛躍と逸脱からなる批評の〈面白さ〉を体現している。由良の手にかかれば、アメリカ・ヒッピー文化におけるアヘン幻想の淵源には、イギリス・ロマン派が位置づけられ、あるいは、チャールズ・ロバート・マチューリン『さまよえるメルモス』には、「社会告発」と「ロマネスク」の総合が指摘される。すでに異なる文脈のもとでしか見られない二者を結合してしまうこと。これこそは芸術の魔術的な魅力だが、そのような魅力を語る由良の手つき自体が、魔術的な魅力を獲得している。とくに、自然派詩人・ワーズワースの「自然」が「共和」を意味することを指摘し、その点において、宮廷画家・ゴヤと同時代的な交叉をしている、と論じた「ゴヤとワーズワス」は白眉だ。批評的営為が一篇の推理小説として立ち現われるようである。高山宏や四方田犬彦など後続世代に与えた影響も大きく、その領域横断的な批評の水脈は、安藤礼二や石岡良治などにまで流れているかもしれない。(矢野)

「すばる」2017.8月号

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