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ブックガイド「近代日本の文芸批評を知るための40冊」

文芸批評を知るために、明治から現代まで──
現在、批評家として活躍する3人が選んだ、
いま読んで欲しい40冊。

選者:杉田俊介/藤田直哉/矢野利裕

吉本隆明『最後の親鸞』(ちくま学芸文庫)

「戦後思想の巨人」等と神格化されるが、その生き方において未曾有の人だったと思える。ありふれた生活の場へと、つねに全身を開放し続けた。「大衆に寄りそわない知識人は孤立し転向する」と主張したが、抽象論ではなかった。それは吉本に対して金をせびったり、クレームをつけて自宅に押しかける、具体的な他者だった。人間の知性は、生活の場から無限に乖離していく。にもかかわらず、千年に一度の天才の言葉と無名の庶民の沈黙、それらが完全に等価になりうるポイントがある。そんな〈思想の恐ろしさと逆説〉だけが真にこの世界を変える。そう信じた。ゆえにランボーでもマルクスでもなく親鸞だった。最後の著作『フランシス子へ』は、ちっぽけな猫と親鸞と半ば痴呆の吉本の意識が入り雑じっていく、まさに〈老もうして痴愚になってしまった〉自然法爾の語りだった。この人は老残や痴呆からも人生を学び続けたのだ。ならば最後の親鸞とは、はじまりの吉本隆明のことか。我々もまたこんな風に何かを語ることができるのか。(杉田)

江藤淳『成熟と喪失──〝母〟の崩壊──』(講談社文芸文庫)

 まぎれもなく名著。最も有名な戦後成熟論の一つ。彼の実存と理論と時代精神が混然となって、奇跡的に誕生した一冊。当時低く見られがちだった「第三の新人」を生々しく批評対象として再発見したが、それだけではない。国家主義や保守主義の顔をしつつ、ロマン主義の資質の人であり、独特の弱さと女々しさを湛えた文体が『成熟と喪失』の得難い魅力だった。誰よりも弱いのに、父もなく、母もなく、子もいない環境の中で、なお「家」を守る「治者」の責任を担おうとした──死にゆく母(自然)を見殺しにした「悪」を抱えながら。個人としての孤独と責任に耐えること、それは選択の余地の問題ではなく、強いられた現実でしかない。ならばせめて、虚勢を張ってでも、父親の役割を演じ続けよう。そこに生じる滑稽さと哀愁。江藤らしい「ヒューマー」だった。初期の『夏目漱石』『作家は行動する』『小林秀雄』等も、早熟な秀才の見事な文芸批評であり、しかも一冊ごとに方法論が異なる。驚嘆する以外ない。(杉田)

「すばる」2017.8月号

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