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ブックガイド「近代日本の文芸批評を知るための40冊」

文芸批評を知るために、明治から現代まで──
現在、批評家として活躍する3人が選んだ、
いま読んで欲しい40冊。

選者:杉田俊介/藤田直哉/矢野利裕

中野重治『中野重治評論集』(平凡社ライブラリー)

 中野の評論は全身の五感の開かれ方がものすごい。子供の着物の変化。東北の飢饉への感受性。警察官の私生活の弱さ。港町の「アマ」や混血児たち。元政治犯で工場労働をする女性の暮らしぶり。現代日本農民の言葉遣い。雪国のじめじめした暗さ。東京女の「しな」への違和感。男の禿げ頭や女の若白髪の美しさ。甘さと甘ったるさの違い……。日常の中にある具体的で微小なもの、我々があっさり見落としがちなものたちへの傾注から、この社会全体の矛盾を鷲づかみにしていく。そんな中野の言葉は、論理と詩、文学と政治、保守と革新、民族性と世界性、男らしさと繊細さ、どれをも含むが、どれによっても簡単には割り切れない。じつに手ごわい。粘っこいが、嫌らしい粘着質ではない。中野は声なきものたちのためにこそ、一貫して粘り強かったのだ。そこには中野的な「左」の、つきたての餅のように充実し切った「素樸」さがある。人間的であることがそのまま政治的であるような言葉とは、こういうものなのか。(杉田)

平林たい子『林芙美子・宮本百合子』(講談社文芸文庫)

 昭和を代表する女流作家の平林が、晩年、長年連れ添った夫との別離・離婚・急死、醜聞、数々の病魔との闘い、「戦後の私の作品は全部とても駄目です」という痛恨の中で、どうしても書き遺したかったもの。それが無名時代の親友・林芙美子と、生涯の難敵・宮本百合子に関する評伝だった。芙美子の幼少期の流転を丹念に調査し、母娘の絆に新たな光を当てた。また百合子の御嬢さん的性格に美点を認め、夫顕治の愛ゆえの権力からの百合子の奪還を企てた。たい子は元々プロレタリア作家として出発したが、社会主義ばかりか、アナーキズムからもズレていく過剰さがあった。奔放な愛慾の自由さと、男や結婚に対するずるずるの保守的な執着。その矛盾を残酷に見つめること自体が「書くこと」だった。本書の書きざまには、芙美子と百合子に対する同性ゆえの友情、それゆえの執拗な嫉妬や対抗心、それゆえの彼女たちの生を踏み躙る男性的諸暴力への静かな女傑的憤怒、が入り混じっていて、そのまま希有な〈女の批評〉としてある。(杉田)

「すばる」2017.10月号

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